俳句フォトエッセイ2026.01.19お終いにするかしないか年賀状小山正見いただいた年賀状に返事を書こうと、コンビニに寄ったが、既に売り切れていて手に入らなかった。ニュースによれば、今年の年賀状は昨年より25%減少したという。急速に「年賀状終い」が広がっているということだろう。子供の頃は、年賀状が楽しみだった。仕事についてからは枚数が増えた。クラスの子全員に書いたりした。管理職になってからは更に増えた。町会長さんや協力者の方々には漏れなく出すように心がけた。もちろん学校の職員にも全員に出した。こうなるともう「営業」としか言いようがない。一番多かった時は500枚を超えたこともあった。少しずつ減らし、退職から16年目。それでも、今年はまだ100枚程度は書いた。仕事関係の人は兎も角としても、毎年「会いたいね」と書いた学生時代の親しかった友との年賀状もいつのまにか途絶えいることに気付く。途絶えてみて、残念な気持ちもないわけでもない。しかし、パソコンの中のリストに残っているもう年賀状を出さなくなった友の名前を眺めるだけで、いいのかもしれないとも思う。それは、共に過ごした時代の記憶だから。ぼくはおそらく年賀状終いはしないだろう。LINEやメールに置き換えながら少しずつ減らしながら続けるのでないかという気がする。それは、一種の生存証明なのかもしれないと思ったりする。
いただいた年賀状に返事を書こうと、コンビニに寄ったが、既に売り切れていて手に入らなかった。
ニュースによれば、今年の年賀状は昨年より25%減少したという。
急速に「年賀状終い」が広がっているということだろう。
子供の頃は、年賀状が楽しみだった。仕事についてからは枚数が増えた。クラスの子全員に書いたりした。管理職になってからは更に増えた。町会長さんや協力者の方々には漏れなく出すように心がけた。もちろん学校の職員にも全員に出した。こうなるともう「営業」としか言いようがない。
一番多かった時は500枚を超えたこともあった。少しずつ減らし、退職から16年目。それでも、今年はまだ100枚程度は書いた。
仕事関係の人は兎も角としても、毎年「会いたいね」と書いた学生時代の親しかった友との年賀状もいつのまにか途絶えいることに気付く。
途絶えてみて、残念な気持ちもないわけでもない。
しかし、パソコンの中のリストに残っているもう年賀状を出さなくなった友の名前を眺めるだけで、いいのかもしれないとも思う。それは、共に過ごした時代の記憶だから。
ぼくはおそらく年賀状終いはしないだろう。LINEやメールに置き換えながら少しずつ減らしながら続けるのでないかという気がする。それは、一種の生存証明なのかもしれないと思ったりする。