俳句フォトエッセイ2026.03.09カプセルの中身は何ぞ地虫出づ小山正見何やら工事が始まっている。元住吉駅のすぐそば、青山フラワーマーケットの目の前だ。かつてセキモト写真店のあった場所である。ずっとシャッターが閉まったままだった。「何ができるんだろう」興味津々で毎日眺めていた。看板が付いて、いつの間にか開店している。「カプセル薬局」とある。「なんだ、また薬屋か」とがっかりしていたが、様子がおかしい。「この風景、どこかで見たことがある」新宿サブナードの地下にもあった。ゲームセンターの中でも見た、あのカプセルトイだ。店の中に店員は一人もいない。カプセルトイの白い箱が並んでいるだけだ。2階にも上がってみた。ぎっしりと白い箱が並んでいる。上にバラエティとかキッズ、いきものなど看板が掛かっている。大雑把に分類がされているようだが、ぼくにはさっぱりわからない。アクセサリーやミニチュアの模型が入っているのだけはわかる。「ぼくには縁がない」と思って外に出た。家までの道を辿りながら考えた。我が家はミニチュアの家系だということに思い当たった。祖父の小山潭水は盆景の家元だった。盆景は景色を水盤の中に再現する芸術だ。我が家には、まだ点景物と呼ばれるミニチュアの建物や人形が残されている。父正孝もミニチュアの収集に余念がなかった。真夜中に収集したそれらのものを並べて物語を空想したらしい。次のような詩も残している。 机の上 小山正孝机の上に虫籠を置いた虫籠の中に小型の椅子を入れた椅子は指先で安定させるには時間がかかつたその椅子に小さな姿の僕を坐らせた自分を見つめてゐて一時間もたつたらうか疲れたので僕は椅子と虫籠を片づけた我にかへつて現在僕のゐる書斎が虫籠であることに気がついた今度この僕をとり出してくれるのはどなただらうか自分で自分に敬語をつかふのはをかしいかなと考へたそれにしてもどんどん夜は更けて行くぼくはミニチュア好きの家系を継承していないつもりでいた。しかし、考えてみると、ぼくも「俳句フォト」という「虫籠」の中にいるのかもしれない。
何やら工事が始まっている。元住吉駅のすぐそば、青山フラワーマーケットの目の前だ。
かつてセキモト写真店のあった場所である。ずっとシャッターが閉まったままだった。
「何ができるんだろう」
興味津々で毎日眺めていた。看板が付いて、いつの間にか開店している。
「カプセル薬局」
とある。
「なんだ、また薬屋か」
とがっかりしていたが、様子がおかしい。
「この風景、どこかで見たことがある」
新宿サブナードの地下にもあった。ゲームセンターの中でも見た、あのカプセルトイだ。
店の中に店員は一人もいない。カプセルトイの白い箱が並んでいるだけだ。
2階にも上がってみた。ぎっしりと白い箱が並んでいる。上にバラエティとかキッズ、いきものなど看板が掛かっている。大雑把に分類がされているようだが、ぼくにはさっぱりわからない。
アクセサリーやミニチュアの模型が入っているのだけはわかる。
「ぼくには縁がない」
と思って外に出た。
家までの道を辿りながら考えた。
我が家はミニチュアの家系だということに思い当たった。
祖父の小山潭水は盆景の家元だった。盆景は景色を水盤の中に再現する芸術だ。我が家には、まだ点景物と呼ばれるミニチュアの建物や人形が残されている。
父正孝もミニチュアの収集に余念がなかった。
真夜中に収集したそれらのものを並べて物語を空想したらしい。
次のような詩も残している。
机の上 小山正孝
机の上に虫籠を置いた
虫籠の中に小型の椅子を入れた
椅子は指先で安定させるには時間がかかつた
その椅子に小さな姿の僕を坐らせた
自分を見つめてゐて一時間もたつたらうか
疲れたので僕は椅子と虫籠を片づけた
我にかへつて現在僕のゐる書斎が虫籠であることに気がついた
今度この僕をとり出してくれるのはどなただらうか
自分で自分に敬語をつかふのはをかしいかなと考へた
それにしてもどんどん夜は更けて行く
ぼくはミニチュア好きの家系を継承していないつもりでいた。
しかし、考えてみると、ぼくも「俳句フォト」という「虫籠」の中にいるのかもしれない。