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俳句フォト

俳句フォトエッセイ

冷まじき昭和の残滓山田荘

壁に張ったトタン板は、赤く錆びている。もう誰も入居者は居ないだろう。外付けの階段は荒果てている。そんな山田荘にも光る時代があったはずだ。ぼくは、この古びたアパートの脇を通りながら、新婚の数か月を過ごしたアパートを思い出した。北千住から西新井大師に向かう大師道、西新井小学校の前辺りにそのアパートはあった。名前は山賢荘。外付け階段の2階、6畳と4畳半の2部屋、風呂はなかった。ままごとみたいな結婚生活だった。結婚と同時に就職したぼくは、その部屋から職場である足立区立江北小学校に通った。同時に入った新卒の仲間が7人もいる学校だった。ぼくは、2年生の担任に充てられた。

俳句フォトエッセイ

秋気満つ白金長者の散歩道

JR目黒駅から歩いて10分足らず、見事なイチョウ並木のはずれに東京都庭園美術館がある。アール・デコ調の建物で知られるこの美術館は、若い人たちにも人気らしい。その隣にあるのが、自然教育園である。現在は国立科学博物館の附属施設になっているが、かつては御用地であり、中世には、白金長者と呼ばれた豪族の館があった。周りは高速道路や幹線道路で囲まれているのに、一歩園内に入ると木々の匂いに包まれる。道はよく整備されているが、鬱蒼とした森に入り込む気分だ。広さは、およそ20万平方メートル。園内を普通に回るとおよそ1時間というから絶好の散歩コースである。

寺家ふるさと村 俳句フォト吟行 イベント報告(2026年10月25日開催)お知らせ

イベント開催報告:俳句フォトの会 吟行「実りの里山を詠む 寺家ふるさと村」(10月25日)

が講評を加えていきました。足元の草花やどんぐり、目の前に広がる田んぼ、その奥の里山、そして空。小さな風景から大きな風景までがそろった寺家ふるさと村らしく、今回は題材も実に多彩でした。同じ道を歩いても、目のつけどころは人それぞれです。ふるさと村のうなぎの看板を、まるで泳いでいるかのように捉えた句。秋の空に浮かぶ雲の形に、ほかのものの姿を見立てた句。里山に熊は出ないという道中の会話を取り込み、柿の実る村ののどかさを詠んだ句。台風の多かった今年の秋を乗り越えて実った稲に思いを寄せた句。倒れた木のうろにたまった水を、お酒に見立てた句。どの作品にも、その場に立った人だけの発見がありました。

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夢があり微笑みがあり秋澄めり

感泣亭には、色々な教室がある。先日はお花の教室があったが、俳句初心者セミナーに始まり、気功呼吸法、それに詩の教室やAI講座まである。「どいさんの楽しい書の教室」は現在月2回、第4水曜日と日曜日に行われている。写真は、そこで作られた作品の一つ。個人で大きい作品を書く機会はなかなかないのでやってみようということらしい。今回はモナリザの絵まで添えられている。大胆極まりない。ぼくも土井さんに習った。多くの書道の教室では、お手本を見て、なるべく同じように書き、先生が手直しする指導法をとっている。中学校の時は習字が嫌で嫌で仕方なかった。

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銀杏の天ぷらもあり文士村

絵に描いたような秋晴れだ。こんな日は、どこかに出かけたくなる。もっとも、ぼくの場合は天候に関係なく出かけたくなるのだが、こんないい天気なら尚更だ。テレビの朝ドラ「ブラッサム」の主人公とされるのが宇野千代であるが、そのゆかりの地として馬込の文士村が取り上げられている。「いいかもしれない」ひょいと電車に乗って大森まで行く。着いたら12時に近くなった。昼飯を食べたくなったが、駅の周りには、松屋や日高屋などどこにでもあるチェーン店ばかりだ。「途中にも店があるだろう」高を括って馬込文士村の住人43人のレリーフがある階段を登る。「これからどっちに行けばいいのだろう」さっぱり先がわからない。

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秋陰に絡めとられし日本丸

桜木町が面白い。昔は東横線の終点が桜木町だった。今、東横線はみなとみらい線と繋がり、桜木町にはJRの駅が残る。桜木町の駅前からは、コスモワールドの巨大な観覧車が見え、ヨコハマ・エアキャビンと名付けられたゴンドラが赤煉瓦倉庫の方向に伸びている。水辺に浮いたレストランもある。この水辺に横浜を象徴するものが二つある。一つは石造りのドックだ。かつてはこのドックを使って船の修理をした。現在はドックヤードガーデンになっている。もう一つは帆船日本丸である。昭和5年に完成したこの帆船は練習船として使われ、1万5000人の船乗りを育てたと言われる。

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宵闇の路地を曲れば湯の匂ひ

【銭湯紀行】22入谷白水湯入谷と言えば、まず頭に浮かぶのは「恐れ入谷の鬼子母神」というユーモラスな言葉だ。鬼子母神は安産や子育ての神様だ。雑司ヶ谷にも鬼子母神がある。ぼくはその境内での赤テントの公演、唐十郎作の『盲導犬』を見たことがある。満員のテントの中にシュールな緊張感が走っていた。それはさておき、入谷である。古い下町が残っている。建て直された大正小学校にも窓の形などに昔のモダンが色濃く残っているし、昔の建物のままの酒屋さんも健在だ。地域の稲荷信仰も廃れたようには見えない。その中に、現代的な和風を売りにした民泊施設が点々と生まれている。白水湯は、そんな街角を曲がった場所にあった。

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いわし鯖ひつじまでゐて秋の雲

今年の9月は雨ばかりだった。統計によれば、東京では平年の3倍近い雨が降ったという。秋といえば「天高し」の季節である。夏の湿った空気が去り、秋晴れの透き通る空の美しさが際立つ季節である。雲の形も夏とは違う。夏の雲の代表は入道雲だが、秋には鰯雲や鯖雲や、一つ一つの塊が大きく見える羊雲などのうろこ状の雲が現れる。うろこ状の雲の並びには、雲の上下の温度差によって起こる小さな対流が関わっているという。俳人の森澄雄はこうした秋の雲について《生涯にいくたびか全天鰯雲》と詠んだ。また加藤楸邨は、《鰯雲人に告ぐべきことならず》の句を残している。いずれも人生や生き方について考えさせられる俳句である。

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秋冷や渋谷西武の廃墟めく

「渋谷西武」が閉店した。これで、渋谷に百貨店は無くなった。渋谷西武百貨店が開店したのは、1968年だ。さらに渋谷パルコが73年に開店している。新しい文化が生み出され、公園通りは、若者のメッカとなった。渋谷が若者の街となったのは、西武の力によるところが大きい。ぼく自身は、西武のファッションにはまるで興味はなかったが、西武が起点になって作った渋谷の街並みと雰囲気はとても好きだった。閉店して数日、渋谷西武があった場所を歩いた。まだ、片付けは続いているらしい。建物の中から物品が運び出され、トラックに積み込まれている。デパートの看板やショーウィンドウは、既に閉鎖されている。

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成り行きの台風一過の出逢ひかな

朝から晴れた。いったい何日振りだろう。台風一過といってもよい。この日は、三郷での仕事の帰りに入谷で降りた。「ヒラノマコト展」が開催されていたことをふと思い出したからだ。前回は、京王プラザホテルだった。会場のいりや画廊は少しわかりにくい場所だったが、スマホの地図を頼りにたどり着くことができた。「今回は、大きい絵を展示したかったから」と平野さんは、この画廊を会場にしたわけを話してくれた。彼は、ぼくよりも5つ年下だが、現在も早稲田大学の博士課程で文化人類学を専攻している。彼が取り組んでいる現代アートの源泉を探ることが、その理由らしい。平野さんは、40年以上前に父・小山正孝と出会っている。