冷まじき昭和の残滓山田荘
壁に張ったトタン板は、赤く錆びている。もう誰も入居者は居ないだろう。外付けの階段は荒果てている。そんな山田荘にも光る時代があったはずだ。ぼくは、この古びたアパートの脇を通りながら、新婚の数か月を過ごしたアパートを思い出した。北千住から西新井大師に向かう大師道、西新井小学校の前辺りにそのアパートはあった。名前は山賢荘。外付け階段の2階、6畳と4畳半の2部屋、風呂はなかった。ままごとみたいな結婚生活だった。結婚と同時に就職したぼくは、その部屋から職場である足立区立江北小学校に通った。同時に入った新卒の仲間が7人もいる学校だった。ぼくは、2年生の担任に充てられた。










