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丁張(ちょうはり)の未だそのまま秋黴雨(あきついり)

小山正見

丁張とは建築の用語で、家を建てる際の施工の基準作りのようなものである。
秋黴雨は秋の長雨のこと。今年はどうやら梅雨の時期より雨が多かったようだ。
この写真の土地には、昔祖父母が住んでいた。向こう側には、従兄弟の家があり(今はいない)、我が家は写真の右の奥に小さく写って居る。つまり、親類で寄り集まって住んでいたのだ。
祖父は内科の医者で、戦後ここに開業した。
戦前は朝鮮の羅南で病院長を務めていたが、内地に戻り目黒区の鷹番で結構羽振りがよかったらしい。太平洋戦争の末期、空襲が激しくなると二束三文で屋敷を売って、島根の益田に疎開した。ここは祖父の生まれ故郷であるが、ぼくは行ったことがない。
鷹番の家は戦後旅館になったり、衆議院議員の小杉隆の家になったというから、相当大きな家のようだ。
母は「逃げ出した」と表現していたから、余程この家に未練があったのだろう。年老いてからも、度々この家を見に行っている。ぼくも一度連れて行かれたことがある。
話を戻す。
岸田医院と言った。看護師さんが特別にいたという記憶はないから祖母がその役をしていたのかもしれない。
ぼくは、この家のお風呂に入り、炬燵に潜り、テレビを見て育った。
祖母がぼくが高校1年生の時に亡くなった。家に帰ると忌中の張り紙があった。
しばらくして、祖父は神戸の長女の家に移った。その間の事情はぼくにはわからない。祖父とのお別れの会をした覚えもない。
岸田医院の後は澤井さんというお医者さんが入り跡を継いだ。
その澤井さんも亡くなり、3階建ての住宅が二軒立った。
そして今度だ。数十年の間に4回目ということになる。
岸田医院の面影は、何一つない。
そして、新しい家が建ち新しい生活が営まれるようになる。
こうなると、昔誰が住みどんな暮らしをしていたか、全て忘れさられることになる。
墓というのは、何も無くなってしまう人間の記憶を少しでも押し留めようという儚い試みなのかもしれないと思ったりする。