【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

冬館目黒とんきの流儀かな

小山正見

ふと「とんき」に行ってみようという気になった。「とんき」とは、目黒にあるトンカツの名店「とんき」のことである。
ぼくは、若い時に自由が丘にあった「とんき」に連れて行ってもらったことがある。初めて分厚いトンカツを食べたのがこの店だった。トンカツ好きのぼくにとっては、神保町の「いもや」同様忘れられない名前だ。
「いもや」には数えきれないほどお世話になった。しじみ汁が忘れられない味だ。
しかし、白状すれば、目黒の「とんき」には行ったことがなかった。
目黒駅から権之助坂を下る。左折するとすぐ「とんき」の明かりが見える。古い建物だが、まるで冬館のような装いである。
現在の店舗は、1967年からというから既に60年近い。
店内は、人でごった返していた。長い長いカウンターは満席。待つための後の席も隙間がない。列は、階段の上の方まで続いている。
「いったいどの位待つことになるのか」
少々不安ではあったが、「折角来たのだから」と覚悟を決めた。階段の列は二列になっていた。片方は、一階のカウンター席を待つ人、もう一つの列は二階のテーブル席を待つ人だ。
階段を降りたところで、注文を聞かれた。
メニューは、基本的にひれかつとロースかつ、それに串カツの三つしかない。「ひれ」と「ロース」は2500円、「串カツ」は2000円だが、串カツを頼む人はほぼ皆無だ。

後の席が空くと、お客さんに指示して、アトランダムに座らせていく。
よく見るのは、玉突き式にずれていき端の人から案内される方式だが、「とんき」はそうしない。
案内をしている若い店員に聞いてみた。驚いたことに客の注文と顔と順番を覚えるのだそうだ。それが「とんき」の伝統であり流儀なのだろう。
席に座るとほぼ同時に定食が運ばれてくる。ご飯とキャベツは食べ放題。肉は、今であれば驚くほどのものではないが、衣が軽く肉も小さく切り分けられている。低温でじっくり揚げるのだそうだ。食べ心地はかなり良い。会計も席で済ますことができた。
独特の店の独特の雰囲気で食べるとんかつはやはり独特である。