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自由が丘

俳句フォトエッセイ

爽やかや佐伯誠の手紙展

台風の雨が激しい。会場は、田園調布と自由が丘の間にある「スペースengawa in」である。ここは、ぼくにも懐かしい場所だ。妻と一緒の散歩でよく立ち寄った。緑に囲まれた庭をもつ民家、素敵な空間だ。佐伯誠さんがこの場所をこよなく愛していたことを初めて知った。荒天にも関わらず、会場には30人を超す人々が集まっていた。壁には、佐伯さんが生前に送った手紙や葉書、ファックスの類がこれでもかとばかり展示されていた。単なる手紙なのに、そのどれもが美しい。字に味があり、それにちょっとしたイラストが添えられている。佐伯さんは、ポップな才人なのだ。

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新涼や読経の響く九品仏

都政新報8/25付「暮らしを楽しむ俳句フォト」45自由が丘駅前の再開発が進んでいる。来月にも新しい商業ビルが開業するらしい。その自由が丘に降りて、ふと九品仏に行きたくなった。大井町線の九品仏駅からは目の前だが、自由が丘から歩いてもそれほどの距離ではない。九品仏川を埋め立てた緑道をのんびり歩けば15分ほどだ。九品仏とは、九体の阿弥陀如来が安置されたところから来た名前だが、正式には「九品山唯在念佛院浄真寺」という浄土宗のお寺である。境内は別世界だ。一本足を踏み入れると蝉の鳴き声が急に大きくなる。楓の緑が広がり、参道に覆いかぶさる。本堂の横に立つ大銀杏は世田谷区の名木100選に選ばれているそうだ。

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蝉時雨緑の中の九品仏

午前中は俳句の会だったが、午後は空いた。すると、家の中に留まっている気にならない。いつもなら、お気に入りのカフェに出かけるのだが、夏休みらしく閉店している。あてもなく自由が丘で降りた。駅前に建築中のビルは開店までまだ2、3か月かかりそうだ。九品仏に行こうと思ったのは、歩き始めてからだ。父の散歩もきっとこんな感じだったのだろうと思った。母親に「どこにいくの?」と聞かれ、「自分にだってわかんないんだ」と答えたという。道道には、瀟洒な住宅が並ぶ。アウディやクーパーミニなどの車が停めてある。所々に、これまた洒落た店もある。美容室だったり、ブティックだったりする。久しぶりの九品仏浄信寺である。

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果てしなきおしゃべり春惜しみけり

【銭湯紀行その5】自由が丘みどり湯今日は、自由が丘に近い「みどり湯」だ。東急大井町線の緑ヶ丘からかつて川だった緑道を辿って7、8分であろうか。住宅地のど真ん中にある銭湯だ。もう10年近く前だが、この近くのA病院に通ったことがある。妻の認知症治療の関係である。大学病院の「物忘れ外来」でお世話になった先生が異動されたからだ。科目は内科なのに、20分も30分も時間をとってくれた。通院は妻が施設に入るまで続いた。そんなことを思い出しながら、道を歩く。みどり湯は、新しくモダンな銭湯だった。入口もエントランスも清潔そうだ。浴室の壁にはモダンな富士山が聳えていた。サウナ、水風呂それにジェットバス。

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花の雨母の遺影と向かひ合ふ

母・常子は2014年3月23日に亡くなった。今年で13回忌のはずである。本来なら、お坊さんを呼び一族が集まって偲ぶところだろうが、我が家では何もしない。だいたい、戒名も位牌もないのだ。父からしてそうだった。その代わり、忌み日に「感泣亭例会」を開き、「感泣亭秋報」を発行してきた。それも18冊で終刊とした。母の遺影は卒寿のお祝いに自由が丘のレストランで家族で撮った写真からとった。穏やかな顔をしている。母は、父が亡くなってから、思い出を圓子哲雄さんが主宰していた『朔』に寄稿し続けた。この文章を妻の邦子がまとめ『主人は留守、しかし・・・』という本にまとめた。

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冬暖か佐伯誠の見る景色

千鳥ヶ淵に面するギャラリー冊からの景色である。11月22日から29日まで、佐伯誠さんを偲ぶ「ぼくの佐伯さん」と題する展示が行われた。会場には、佐伯誠さんの生涯にわたる様々な資料がよく整理され、所狭しと並べられている。中には、高倉健からの礼状もあった。こんな人だったのか、こんな仕事をされてきたのか。佐伯誠が明確な輪郭を持ってそこに存在しているかのようだった。『翼の王国』など、雑誌の仕事を中心とされていたようだが、独特なポップな文章が印象に残っている。ぼくがどのようにして佐伯さんと知り合ったのか、確たる記憶はないが、2020年以降、少なくても9回、二人だけで会っている。

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冬館目黒とんきの流儀かな

ふと「とんき」に行ってみようという気になった。「とんき」とは、目黒にあるトンカツの名店「とんき」のことである。ぼくは、若い時に自由が丘にあった「とんき」に連れて行ってもらったことがある。初めて分厚いトンカツを食べたのがこの店だった。トンカツ好きのぼくにとっては、神保町の「いもや」同様忘れられない名前だ。「いもや」には数えきれないほどお世話になった。しじみ汁が忘れられない味だ。しかし、白状すれば、目黒の「とんき」には行ったことがなかった。目黒駅から権之助坂を下る。左折するとすぐ「とんき」の明かりが見える。古い建物だが、まるで冬館のような装いである。

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春夕焼またこの場所に来ています

散歩の続きである。「お店の人」というより、「家の人」という感じの女性に掛軸の由来を尋ねてみた。ご先祖がご商売をされていて、東郷家に出入りしていたような話をして下さった。この近くには「奥沢海軍村」というのがある。関東大震災の後、海軍省のある虎ノ門と横須賀の両方に行きやすいというので、海軍士官が住み始めたのがきっかけらしい。現在も当時の面影が残っているという。この地に東郷平八郎!ぴったりだ。ゆるい坂を下ると南国飯店がある。ここで一度小山正孝を顕彰する「感泣亭例会」を開いたことがある。現在のスペース感泣亭ができる前のことだ。南国飯店を見て、自由が丘に行くならあの場所に行かなくてはと思い出した。

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掛軸は平八郎や春火鉢

一仕事終えたので、散歩に出かけた。寒いが日の光は春だ。田園調布から自由が丘まで歩くことにした。この道は妻と連れ立ってよく歩いた。田園調布の駅から環八に差し掛かったところに、FIATの販売店があり可愛くて格好いい車が並んでいる。そこを過ぎると住宅街の真ん中にお洒落なカフェがある。今日は何かお茶会をしているようだった。八幡小学校を過ぎたところに世田谷区の木に指定されている大きな桜の木がある。住宅街の散歩もいいものだ。庭一面が花壇になっている古い家がある。見るとその塀に「古民家カフェすみれ草」のプレートがあった。「へぇ、この家が!」以前にはなかった。玄関に回ると「open」とあった。