俳句フォトエッセイ2026.04.02招かれて俳句の授業百千鳥小山正見今年度も終わりに近い。江東区教育委員会を退職して、まる3年になる。にも関わらず、各地の学校から「俳句の授業に来てほしい」との声をかけてもらえる。実に嬉しいことだ。中には「先生の授業を若い先生に見せたいから」というものもある。自分で言うのも何だが、最近は子供と触れ合う「呼吸」が、自然になってきたと感じる。しかし、若い時はそうではなかった。学級経営がうまくいかず、学校を辞めたいと思ったことも一度や二度ではない。学級崩壊状態に陥り、気が変になりそうになったこともある、それがどこで変わったのか。自分でもよくわからない。しかし、管理職になって考え方が変わったのが大きいとぼくは思っている。教頭になってすぐだった。隣の学校の学芸会を見に行った。子供の一生懸命さが微笑ましかった。その時、求められているものは「これだ!」と思った!ぼくは「うまい演技」ばかり求めて指導をしていたことに気づいた。大切なのは子供自身のやる気なのだ。俳句の授業を始めてすぐは、子供との距離感が、どうもギクシャクしていた。少しずつ慣れていくうちにしっくりくるようになってきた。武道で言えば「場を支配する」ことが、いつの間にか、自然にできるようになってきたのかもしれない。この1月から3月まで、数えたら30時間以上の授業をした計算になる。来年度の授業要請も入り始めている。歳は歳だが、要請があるうちは、できるだけ俳句の授業を続けきたいと思う。
今年度も終わりに近い。
江東区教育委員会を退職して、まる3年になる。にも関わらず、各地の学校から「俳句の授業に来てほしい」との声をかけてもらえる。実に嬉しいことだ。
中には「先生の授業を若い先生に見せたいから」というものもある。
自分で言うのも何だが、最近は子供と触れ合う「呼吸」が、自然になってきたと感じる。
しかし、若い時はそうではなかった。学級経営がうまくいかず、学校を辞めたいと思ったことも一度や二度ではない。学級崩壊状態に陥り、気が変になりそうになったこともある、
それがどこで変わったのか。自分でもよくわからない。しかし、管理職になって考え方が変わったのが大きいとぼくは思っている。
教頭になってすぐだった。隣の学校の学芸会を見に行った。
子供の一生懸命さが微笑ましかった。
その時、求められているものは「これだ!」と思った!
ぼくは「うまい演技」ばかり求めて指導をしていたことに気づいた。
大切なのは子供自身のやる気なのだ。
俳句の授業を始めてすぐは、子供との距離感が、どうもギクシャクしていた。少しずつ慣れていくうちにしっくりくるようになってきた。
武道で言えば「場を支配する」ことが、いつの間にか、自然にできるようになってきたのかもしれない。
この1月から3月まで、数えたら30時間以上の授業をした計算になる。
来年度の授業要請も入り始めている。
歳は歳だが、要請があるうちは、できるだけ俳句の授業を続けきたいと思う。