俳句フォトエッセイ2026.05.16昭和の日この日ばかりは囲碁三昧小山正見終局も近い、黒が僅かにリードしている局面だ。下辺を見てほしい。無理を承知で白が黒の陣地に殴り込んできた。一つ間違えれば白が生きて、形勢逆転となる。どう考えても、読み切れない。結果として、どうにかしのぎ切ったが、連敗するところだった。相手は、碁敵のTさんである。もう20年近く毎月一度続いている。錦糸町だったり、新橋だったり。そして今は、市谷である。初めはぼくの方がずっと強かった。二つも三つも置かせてもぼくの方が勝った。ところが徐々に差が縮まった。最近はぼくの方が3連敗している。ぼくが初めて囲碁に触れたのは学生時代、研究室の合宿の時だった。知らない者同士で見よう見まねで対戦した。結核の療養所生活のおかげで、毎日のように打つことができた。やることがないので、昼間から囲碁三昧だった。ある職場では、囲碁好きの先生が4時半を過ぎると、教室にぼくを誘いにきた。港区に勤めた時には、全日空ホテルの囲碁サロンでプロに教えてもらったこともある。そんなに長いこと頑張っているのに、まだバンダネットの初段になれない。よっぽど囲碁センスがないのだろう。それでも、面白く夢中なれるのが囲碁である。奥の深さは計り知れない。
終局も近い、黒が僅かにリードしている局面だ。下辺を見てほしい。無理を承知で白が黒の陣地に殴り込んできた。一つ間違えれば白が生きて、形勢逆転となる。どう考えても、読み切れない。結果として、どうにかしのぎ切ったが、連敗するところだった。
相手は、碁敵のTさんである。もう20年近く毎月一度続いている。錦糸町だったり、新橋だったり。そして今は、市谷である。初めはぼくの方がずっと強かった。二つも三つも置かせてもぼくの方が勝った。ところが徐々に差が縮まった。最近はぼくの方が3連敗している。
ぼくが初めて囲碁に触れたのは学生時代、研究室の合宿の時だった。知らない者同士で見よう見まねで対戦した。
結核の療養所生活のおかげで、毎日のように打つことができた。やることがないので、昼間から囲碁三昧だった。
ある職場では、囲碁好きの先生が4時半を過ぎると、教室にぼくを誘いにきた。
港区に勤めた時には、全日空ホテルの囲碁サロンでプロに教えてもらったこともある。
そんなに長いこと頑張っているのに、まだバンダネットの初段になれない。よっぽど囲碁センスがないのだろう。
それでも、面白く夢中なれるのが囲碁である。奥の深さは計り知れない。