俳句フォトエッセイ2025.06.05芍薬を花束にして君の許小山正見見事な芍薬である。歴史ある山口時計店のあとに開店した青山フラワーマーケットの店頭の写真だ。庶民の町元住吉で、これだけの花が売れるのであろうか。少しばかり気になってしまう自分ではあるが・・・芍薬と言えば誰でも思い出すのは次のフレーズだ。「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」ご存知のように女性の美しい姿を愛でる表現である。芍薬は、真っ直ぐにすらりと立つ姿を、牡丹は地面に咲いている状態で、大輪の花を咲かせることを表している。さらに百合の花は、風に揺れながら咲く姿が優雅で香りも漂う。何となくふくよかな女性が想像される。そんな女性が百合のようにしなやかに歩く。そんな風に思っていたら、その奥があることがわかった。実は芍薬も牡丹も百合も薬なのだ。芍薬の「芍」も薬という意味で、芍薬は薬の中の薬を意味するそうだ。「立てば」は気が立ってイライラ状態。こんな状態には、芍薬が効くということなのだそうだ。「座れば」は座ってばかりいては血流が悪くなる。そんな時は牡丹の根の皮から作った生薬が効く。「百合の花」は百合の花のようにナヨナヨと歩くのは神経症の表れで、百合の球根が効くと言うのだ。驚いた。見方を変えれば、状況は一変する。物事には裏があって、その裏の裏もあると言うことなのだ。だとしたら、芍薬をば花束にするのは、とんでもない皮肉であろう。
見事な芍薬である。歴史ある山口時計店のあとに開店した青山フラワーマーケットの店頭の写真だ。
庶民の町元住吉で、これだけの花が売れるのであろうか。少しばかり気になってしまう自分ではあるが・・・
芍薬と言えば誰でも思い出すのは次のフレーズだ。
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」
ご存知のように女性の美しい姿を愛でる表現である。
芍薬は、真っ直ぐにすらりと立つ姿を、牡丹は地面に咲いている状態で、大輪の花を咲かせることを表している。さらに百合の花は、風に揺れながら咲く姿が優雅で香りも漂う。
何となくふくよかな女性が想像される。そんな女性が百合のようにしなやかに歩く。
そんな風に思っていたら、その奥があることがわかった。
実は芍薬も牡丹も百合も薬なのだ。
芍薬の「芍」も薬という意味で、芍薬は薬の中の薬を意味するそうだ。
「立てば」は気が立ってイライラ状態。こんな状態には、芍薬が効くということなのだそうだ。
「座れば」は座ってばかりいては血流が悪くなる。そんな時は牡丹の根の皮から作った生薬が効く。
「百合の花」は百合の花のようにナヨナヨと歩くのは神経症の表れで、百合の球根が効くと言うのだ。
驚いた。
見方を変えれば、状況は一変する。物事には裏があって、その裏の裏もあると言うことなのだ。
だとしたら、芍薬をば花束にするのは、とんでもない皮肉であろう。