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俳句フォトエッセイ

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冬ざれて枯山水の如くなり

思い通りの写真が撮れなかったが、とある場所のビオトープらしきものである。上手く設計されてはいると思う。写真では見づらいが、小高くなった場所から水が流れ落ちる仕掛けになっており、(写真からは外れているが)下に浅い池があり植物が繁茂している。現在では水か停められているので、枠組の岩だけが目立つ。水路だったところには枯葉が散っている。「枯山水ではないか」と一瞬思った。枯山水を最初に見たのは京都龍安寺の石庭である。中学だったか、高校だったかの修学旅行だった。それからは、京都に行く度に石庭を見て回った。庭に興味を持ったのは祖父が「盆景」の家元だったからかもしれない。

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幸せの黄色い旗や冬灯し

みた瞬間に山田洋次の映画「幸せの黄色いハンカチ」が目に浮かんだ。この旗、駅前にあるだけかと思ったら、町中に立っている。学校の行事の旗が町中に立っている光景を見たのは初めてだ。それだけ学校が地域に根付いていることの証左だろう。タイムカプセルか!24年前のカプセル。当時12歳だった子どもは36歳の働き盛りになっている。この旗、まさか当時に用意したはずがない。今の学校の先生方やPTAの方々が「カプセル開封」を考案し、旗を作ったのだろう。その発想力に頭が下がる。ぼくは住吉小学校の卒業生ではないが、縁が深い。十年以上、住吉小学校で俳句の授業を続けているからだ。よく受け入れてくれたと今も感謝している。

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鳥の声十一月の風の中

画面から音が出せないのが何とも残念だ。(そう考えると動画俳句もありかもしれない)一日、なにも予定が入っていない日があったので、麻生区にある王禅寺を訪ねた。夏にも来たことがあるので、これで2回目だ。初めての時は大いに迷った。Googleマップと寺の場所が違ったからだ。土地としての王禅寺は認識されているがお寺としての王禅寺が認識されていないのだと思う。何事でもそうだが、Googleマップも完全ではない。しかし、前回間違えたお陰で、今回はスムーズに王禅寺の門に辿り着けた。実に静かだ。聞こえるのは葉擦れの音と鳥の声だけ。こんなに鳥がいるのかというぐらい囀りが止まらない。

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古き町新しき町鳥渡る

写真のままの句である。日吉公園から武蔵小杉方面を望んだ。福永耕二に新宿ははるかなる墓碑鳥渡るという有名な句がある。1978年のことだ。1970年代に入って新宿西口に高層ビル街が誕生した。そのビル街を「墓碑」と詠んだのだ。そこには鋭い文明批評がある。圧倒的な力を感じる。福永の句と比べるとぼくの句はいかにもへなちょこだ。比べることすらおこがましい。以下、言い訳である。福永の詠んだのは人の住まない大会社の本社ビルである。資本主義の象徴とも言える。それに対して、高層マンションは人の住む町である。神戸市は市街地に高層マンションの建築を規制した。100年後はスラムになるとの考えからだ。

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ことごとく冬に入りたる木立かな

写真は、日吉公園である。通称井田山と言われる丘陵の一角にある。横浜市と川崎市の境にある公園だ。昔はこの辺りは梅林で、入ることはできなかった。梅林の脇の細い道を登っていくと崖の上に出た。その崖を滑って遊ぶのが子どもの頃の僕らの日課だった。いつの間にか、写真のような素敵な公園に生まれ変わっていた。ここから井田山の尾根道を行くと、井田病院まで10分ほどである。その先には、おしゃれな住宅街が広がっている。公園の横はこれまで広い畑だったが、重機の音が響いている。どうやら住宅が建設されるらしい。以前にあった鯉の養殖場も住宅に変わっていた。遠くには、武蔵小杉のタワーマンションが立ち並んでいる。

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新そばの味確かむる暖簾かな

昨日は川崎市幸区にある下平間小学校の寺子屋で俳句教室を行った。とても楽しい時間を共有することができた。気負わなければ、子どもばかりか大人だって本当に俳句は楽しい。一人一人発想が異なりお互いの目の付け所に「オー!」と感嘆し合うことになる。この日も参加者それぞれが素敵な小句集を作って楽しんだ。終了後、事務局の方々と懇親会。皆さんの優しさがこの教室を支えていることが実感できた。その中心が以前ご紹介した須磨修一さんである。この日のために、須磨さんは俳句フォトの会にも参加し、授業も参観に来られ、何度も私の本拠地である感泣亭に足を運んでくださった。感謝しかない。

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木枯の吹いたその夜の渋谷かな

立冬の11月7日に木枯が吹いた。一気に冬になった。オーバーを着込んで正解だった。三郷市まで出かけ、デイサービスとグループホームで一緒に俳句を楽しんだ。「こういう機会があるから昔のことを思い出せる」とは参加者の声である。喜んでくれていてありがたい。帰りは渋谷で降りた。スマホとテレビのコネクターを買うためである。11日のご近所散歩イベントの際必要なのだ。久しぶりの渋谷なので少し歩いてみようかという気になった。道玄坂を上がると渋谷百軒店である。ここに昔ながらのカレーライス屋がある。ムルギーだ。自分が高校生だった時からあるのだから50年以上だ。調べたら1951年の創業である。ぼくの3歳の時だ。

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煌々と立冬の夜の車輌基地

夜のウォーキング8日目。「これをしよう」と一つネジが締まると、生活の他の部分にもよい影響がある。歩く時にはいつも早歩きを心がけるとか、食事にも「気をつけよう」という気持ちが及ぶようになる。合格点には程遠いが、良い兆候である。かつて江東区教育委員会に勤めていた時のことだ。教育委員会は役所の6階にあったが、エレベーターを使わず、必ず階段を登った。大したことではないが、それでも「登るぞ」と小さな覚悟がいった。階段を登ることが仕事へのスイッチになった。同じように駅でもできるだけエスカレーターを使わず階段を登るようにした。この習慣は今も続いている。夜のウォーキングは実に良い。

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晩秋の夜のサッカーグラウンド

もう立冬である。夜になると急に気温が下がる。6日続けて夜のウォーキングを続けている。30分から40分を早足で歩く。写真はその途中の1コマだ。熱気でグラウンドから湯気が立ち上っているように感じる。ウォーキングはAさんから勧められたからだ。Aさんとは10年来の友人である。いや、10年かけて次第に親しくなったという方が正確だろう。功遂げ、名もある相当な人なのだが、そういうことをおくびにも出さない。一緒に居ると何時間でも話が尽きない。その日も4時間近く話し込んでしまった。糖尿病の話をしたら、もっときちんと対応しろと叱られた。彼は毎日奥さんと夜のウォーキングを欠かさないと言う。

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瓢箪の形に戦(そよ)ぐ秋の水

所属する俳句結社の吟行で鎌倉に出かけた。前日の雨が嘘のような快晴だった。風は強いが、空は青一色。気持ちの良い吟行日和だ。11月3日は晴れの特異日とも聞く。弁当は持参というので、崎陽軒のシウマイ弁当にした。950円。この弁当については、以前から書いた。抜群のバランス感覚の弁当だ。ぼくはこの弁当の影の主役は濃い味付けの筍にあると睨んでいる。永福寺と書いて「ようふくじ」と読む。ここが吟行の第一の目的地。源頼朝により建立された。平泉の中尊寺を模して建てられたと言われ、当時の鎌倉三大寺社の一つとされている。現在は、礎石のみが遺されている。が、VRで復元された姿をスマホでもみることができる。