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俳句フォトエッセイ

俳句フォトエッセイ

色変へぬ松の天まで届くほど

「色の変へぬ松」というのは、秋の季語である。俳句を始めるまで知らなかった言葉だ。「晩秋に木々が紅葉するのに対して、松が変わらず緑のままでいることを賞する」と歳時記にはある。この松を見て思い起こすのは「奇跡の一本松」だ。東日本大震災の津波の際にただ一本残った陸前高田の松である。高田松原に植林された七万本の中でただ一本津波に耐えて残ったのがこの松だ。現在は震災からの復興を象徴するモニュメントとして残されている。天まで届くほどのこの松のある場所は、実は都内、洗足池である。洗足池は、勝海舟の墓所があることでも有名である。西郷隆盛の碑もある。池の周囲には、遊歩道が整備され、絶好の散策地となっている。

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萩溢る溢れ溢れて花の滝

「萩」と口ずさんだら、思い出したことがある。歌舞伎だ。そういえば「伽羅先代萩」という演目があった。こう書いて「めいぼくせんだいはぎ」と読む。ちんぷんかんぷんであるが、伊達騒動を題材にした歌舞伎の人気演目である。ぼくは、これを旧歌舞伎座で観ている。確か、御殿の場である。乳人の政岡が我が子の命と引き換えに主君を守る場面である。この芝居では、原田甲斐は悪人中の悪人となっているのだが、山本周五郎の『樅ノ木は残った』では正反対。物事は見方によってこうも変わるのか、興味深かった。50代に入ってからだったと思う。人に誘われて、柄にもなく毎月のように歌舞伎座に通ったことがあった。

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一二滴垂らす天然レモンかな

どうも写真がイマイチである。食べ物の写真も俳句も旨そうでないと使い物にならない。しかし、実物は旨い。それにレモンの汁を垂らしただけで風味がぐんと増す。お茶の水、レモンのたらこスパゲッティだ。いつの間にか1400円に値上げになっていた。これに苺ミルクが付く。こたえられない。子どもの頃のスパゲッティはミートソースかナポリタンと決まっていた。忘れられないスパゲッティはイタリアローマで食べたスパゲッティだ。平麺のカルボナーラ風のホワイトソースだったことは覚えている。20代の終わり。妻とヨーロッパ10日間というツアーに加わったのだ。まだ円が360円の時代だった。

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秋澄みて俳句フォト展始まりぬ

場所は、モトスミ・ブレーメン商店街のほぼ中央に位置する商店街のコミュニティセンター。10月の終わりまで展示される。近くに来た時には、ぜひ寄ってほしい。9月28日に行われた「ブレーメンを俳句フォト」のイベントで生まれた38作品のうち11点を今回は展示した。「俳句フォト」は「写真俳句」とどこが違うの?とよく聞かれる。大きく言えば同じだ。が、「写真俳句」という名称が既に商標登録されているのでこの名前の使用を避けているという面もある。俳句フォトは写真の上に俳句を重ねるやり方を基本としている。つまり、写真と俳句がお互いに支えあっているとも言えるし、冒涜しあっているとも言える。

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柿たわわ生まれて初めて通る道

江東区に勤め、俳句教育推進担当をしていた時、10年以上区内の46の小学校を毎年訪問した。しかも年に数回ずつ。江東区中を歩き回ったことになる。比較的余裕があったので、行き帰り歩くことも多かった。行く時と帰る時では別の道を通った。知らない路地を曲がってうねうねと辿ると突然見知った場所に出たりする。下町のど真ん中で山の手のような住宅群に出会ったこともある。区内にあるお稲荷さんの多さに驚いた。一つ一つマークすれば貴重な資料になると思った。地図上に歩いた道を塗りつぶし、区内の全ての道を制覇しようと考えた事もある。生来のいい加減な性格ゆえに記録しなかったのは残念である。

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艶やか(あでやか)艶やか(つややか)秋映てふ林檎

実に色映えのする林檎である。名前を見たら「秋映」とある。秋映は、長野の林檎だ。「信濃スイート」「信濃ゴールド」と並んで、長野県の「りんご三兄弟」の一つと言われる。子どもの頃の林檎と言えば、「紅玉」か「国光」であった。紅玉は酸味が強く、食感が水っぽく新鮮。しかし、すぐ悪くなる。反対に国光は、味は比較的ぼんやりしているが、もちがよい。風邪を引いて熱を出すと、母親が林檎をすり下ろして食べさせてくれたのが思い出だ。ケーキというと、林檎のパイやタルトのようなものがよく出てきた。それだけ悪くなりやすかったのだろう。いつの間にか、「ふじ」という品種が出てきて驚いた。大きくて甘い。

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カナリアの姿の消へて秋の雨

ブレーメン商店街の一画である。隣はアイスクリームのサーティワン。その隙間にいつもあったカナリアの籠がない。もう数日経つ。以前は、鳴き声がよく聞こえてきた。時々は籠の中を覗き込んだ。写真に撮ったこともある。カナリアの寿命はおよそ10年である。ひょっとすると・・・おそらく、もう姿を見ることはないだろう。西条八十に「歌を忘れたカナリア」というな詩があった。歌を忘れたカナリアは象牙の船に銀のかい月夜の海に浮かべれば忘れた歌を思い出すカナリアは、美しい抒情の象徴のようだ。カナリアの和名は金糸雀。かよわく、はかなく、傷つきやすいものを連想させる。炭鉱の中にカナリアを持って入ったというのは、有名な話だ。

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タワマンの煌々として秋の闇

神戸市が市街地でのタワーマンション規制を打ち出し、話題になっている。50年後、100年後のスラム化などの問題点を提起しており、興味深い。タワーマンション(タワマン)は、1976年に与野市に住友不動産が建てた「与野ハウス」が初めとされている。21世紀を目前に控えた1997年の建築基準法の改正以降、タワマンの建設は飛躍的に増えた。その頃、新聞などで盛んに議論されたのは子どもの生育環境としてのタワマンの問題だった。生まれる前から超高層に住み、正常な発達が妨げられるのではないかと心配された。友達関係はどうなるのか。地面に接することがこれまで以上に難しくなる。

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現役を謳歌してをり百日紅

10月に入ったというのに、百日紅の紅い花はまだまだ衰える気配がない。若い時にはまるで気が付かなかったが、百日紅は公園に、また街路樹として至る所に咲いている。夏の花と言えば、この百日紅か夾竹桃だが、これまでの人生の4分の3は知らないで過ごしてきた。そう言えば、通い慣れた江東区役所前の通りも百日紅の並木であった。百日紅(さるすべり)とはよく言ったものだ。漢字で花の特徴を表し、読み方ですべすべした木肌の様子を表している。便利な漢字の使い方の一つだ。漢字はどう読ませてもよいというのが、日本語だが、知らなければ決して読めない。名字でもそういうのがたくさんある。

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パチンコの行く末如何に轡虫

順調に三日連続で夜の散歩を続けている。ふと見るとパチンコ屋だ。ドアが開くと急にやかましい音が路上に漏れてくる。もう何十年もパチンコ屋に入っていない。今、元住吉にあるパチンコ屋はたったの二軒だ。写真のザシティベルシティ元住吉店と西口にあるパーラー WASUKEだ。後者は、元は「和助」という日本料理屋だったはずだ。横綱北の湖の奥さんになった人がこの「和助」のお嬢さんだった。パチンコの語源は、玉を弾くの「パチン」から来ているというが、まあ、そんなところだろう。原型は、コリントゲームである。パチンコは、日本独特のものだ。始まりは戦前の1925年頃。戦時中は、一時禁止されたが、戦後復活した。