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俳句フォトエッセイ

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宮殿に鎮座したまふ聖樹かな

現代の貧困、貧富の格差、ヤングケアラーその他、様々な問題が現代の日本には渦巻いていると言ってよい。これらの問題をひとまず脇に置いて、今日は100年、200年単位で物事を考えてみる。写真はもちろん宮殿ではない。我が家からほど近い所にあるマンションのエントランスだ。この光景がエセであることは間違いない。玄関だけが映画のセットのようだという酷評もできよう。それでも野村不動産の建築だから、この辺りでは高級な部類に入ることは確かだ。日本人の生活はこの二・三百年で劇的に変わっている。一つは命の問題だ。子どもの死亡数が圧倒的に少なくなった。江戸時代では将軍さまの子どもでも容赦なく死んだ。

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散らんとす平八郎の銀杏かな

見事な黄葉!あとは散るのを待つばかりである。ここは千代田区の東郷公園。正式名称は、「東郷元帥記念公園」である。この場所には、かつて東郷平八郎の屋敷があった。後ろの建物は千代田区立九段小学校である。A先生と共に俳句の授業でお邪魔した。ご存知方はご存知だが、東郷平八郎は、かの日露戦争で連合艦隊司令長官としてバルチック艦隊を破った大提督であり、東洋のネルソンと称された。ぼくは、今はどちらかと言えば平和主義者だが、子どもの頃は軍国少年であった。当時流行った「明治天皇と日露大戦争」などの映画を胸をわくわくさせながら観に行った。昭和三十年代初め頃の社会の空気はこれを是とするものだったのだろう。

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極月や岡本太郎の前に立つ

小田急線の向ヶ丘遊園駅を降り、15分ほど歩くと生田緑地だ。生田緑地には民家園もプラネタリウムもある。つい先日までは緑化フェアの会場になっていた。紅葉が美しい。岡本太郎美術館は、その生田緑地の奥にある。メタセコイアの木立を抜けると緑に覆われた美術館が姿を現す。来年初めまで「岡本太郎に挑む」と題する展覧会が行われている。しかし、挑むのは大変だろう。何しろ相手は「爆発」なのだから。岡本太郎の仕事で一番有名なのは1970年の大阪万博の太陽の塔だ。当時の万博の事務総長だった新井真一氏が「10億の予算をどのように使ってもよい。口は一切出さない」と岡本太郎を口説いたらしい。

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基督(キリスト)の大きな腕(かいな)十二月

この腕を見るとキリストの胸の中に抱かれたいと一瞬思う。しかし断っておくが、ぼくはキリスト教徒ではない。教会の中に入ったことは数えるほどしかない。子どもの時に一回、あとは観光旅行の見学地としてである。長崎の五島市に俳句の授業に出向いた際には、福江島の教会を巡った。一番最近は、お茶の水にあるニコライ堂だ。正式名称は「東京復活大聖堂」というのだそうだ。調べたら、日本正教会の府主教座教会とあった。よくわからないが、一番権威がある教会なのだろう。仏教の寺院もそうだが、中は荘厳そのもの。神様の威厳が漂っており、その空気が心の中まで染み渡ってくる。最近急にぼくの周りにキリスト教徒が増えた。

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永遠の愛のさざんか咲きそむる

先週は、ほとんど目立たなかった。道路際のさざんかの花が咲いている。無数の蕾がはち切れんばかりだ。さざんかは、漢字で書くと「山茶花」つまり「さんざか」だ。これがいつの間にか、「さざんか」と読むようになった。同じような例は、「新しい」「秋葉原」などに見られる。「新しい」(あたらしい)はかつては「あらたしい」だった。「新(あらた)しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事」という有名な歌がある。秋葉原も昔は「あきばはら」と読んだらしい。さざんかの花言葉を調べてみた。すると、「永遠の愛」「ひたむきな愛」とある。永遠の愛は、常緑樹として一年中緑を保つ性質によると言う。

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冬北斗一一一一一ぞろ目

笑ってほしい。歩数の曲線が何となく北斗七星に似ているではないか。それに11111のぞろ目。ほっこりして、つい写真に撮ってしまった。「これは縁起がいいぞ」とまでは思わないが、気分はいい。よく歩いている。十一月は、平均で一日一万一千歩を超えている。Aさんに勧められて夜のウォーキングを始めたからだ。歩くようになったのは妻の影響だということは、前に述べた。職場のある本郷から業平橋まで一時間以上歩いて彼女は帰ってきた。毎日である。それまでぼくには移動は電車かバスという頭しかなかった。妻のおかげで既成概念がひっくり返った。歩くようになったのはそれからだ。万歩計を腰につけて歩いた。

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小春日や住宅街にカラオケ屋

気持ちの良いぐらい暖かい一日だった。12月にしては気持ち悪いぐらいの暖かさと言ってもよいかもしれないが。正に小春日だ。あまり暖かいので、いつもは通らない道を通ってみようと思った。すると思わぬ発見があった。永六輔の「旅とは知らない街角を曲がることだ」という言葉は、名言だと思う。教会を見つけた。元住吉には、広い敷地をもつキリスト教会があり、イエスが大きく手を広げている彫像が立っている。そこではない。普通の住宅のような小さな家だ。屋根の上に十字架がなければ、見過ごしてしまうところだ。カラオケ屋はそのそばにあった。看板はあるが、実際に営業しているのかどうか。作曲家の方が運営されているようだ。

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頂上に数多のシャベルカー師走

久しぶりに昼間ずっと家に居た。何人もの人が「ふみちゃんのシュトーレン」を受け取りに来てくれた。久しぶりにお目にかかる人もいて楽しい時間を過ごした。午後の4時を過ぎた頃、今日の「日の入」が16時28分であると知った。12月の初旬が一番日の入が早いらしい。「あと20分しかない」明るいうちに散歩に行くことにした。井田山を目指した。井田山は、11月の初旬にも訪れた。その時は、古き町新しき町鳥渡ると、武蔵小杉のタワーマンションを見ながら詠んだ。井田山の麓の日吉公園の木々の紅葉は進んでいた。楓は恐ろしいほど赤く染まっていた。頂上で音がする。ブルドーザーかシャベルカーの音だ。

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冬夕焼切り裂きフリーバッティング

こんな夕闇の中で、よくバッティングができるものだ。法政二高のグラウンドである。今も強豪校なのだろうが、ぼくの子どもの頃、柴田勲という選手がいて、甲子園で優勝したこともある。ぼくは今日等々力緑地の端にある会館とどろきにいた。会館とどろきは川崎市の教職員互助会の所有している施設である。この練習風景を見たのは、そこから帰宅する途中である。生まれて初めて「講演」というものを頼まれた。研修会や授業は数えきれないぐらいしているが「講演」というのはどうすれば良いか、それなりの緊張があった。主催は川崎市ことばの会。偉い先生が集まっている会らしい。数年ぶりに白いワイシャツを引っ張り出し、ネクタイを締めた。

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遠来の人と出会ひぬ神無月

遠来の人は、カナダのモントリオールからいらっしゃった。建築とコミュニティの関係を研究されている大学の先生である。イタリア生まれで、カナダで仕事をし、日本人の御主人と共に暮らしている国際人だ。同行されているカメラマンは、日本人だがこの20年イギリスで暮らし、イギリスで仕事をされているという。世界は、こんなにグローバルになっているのか!英語すら分からない自分は何と時代遅れなことか。感泣亭を設計した佐野哲史さんが案内役と通訳を務めてくださった。「なぜ、感泣亭というのですか?」という質問からインタビューが始まった。感泣亭は、父の小山正孝が自分の書斎につけた名前だ。