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立春から立夏の前日まで。暖かさが増し、草木が芽吹き花が咲く季節。

季語春

(はる)[春]

立春から立夏の前日まで。暖かさが増し、草木が芽吹き花が咲く季節。

この季語の俳句フォト:9句

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俳句フォトエッセイ

春なれば嬉し新しキーボード

昨日と同じ写真である。AppleのiPadである。購入したのは、この4月。これまで使っていたiPad Proの動きがおかしくなってきたからである。もう10年近く使ってきたから仕方がない。ぼくは、このiPadのお陰で家から離れた場所で仕事をすることが可能になった。そういう意味では、恩人のようなものだ。新しいiPadを買おうか買うまいか、一瞬迷った。というのは、最近iPhoneでも十分文章を打つことができると分かったからである。フリック入力を使えば、電車の中でも公園のベンチでも文章を打つことができる。電車に乗っている間に、時にはエッセイの一つぐらい書けてしまう。

俳句フォトエッセイ

意味もなくボール持つ手や春の午後

校庭に脚を踏み入れると、子供たちの甲高い声が響いていた。もう、新学期が始まったのだ。学童保育の子供たちだろう。無邪気な元気さが微笑ましい。駆け回るのが楽しくてたまらないという感じだ。地元の小学校に俳句の授業の打ち合わせで訪れた。桜の木に緑が増え始めたと思ったら、もう花水木がしっかり花をつけている。銀杏が小さな葉を無数につけている。打ち合わせの時間まで、少し余裕があったので、遊んでいる子供たちを眺めていたら、一人の男の子が、ぼくのそばに来て「誰?」と聞いてから、気がついたように「あっ、俳句の先生だ」と言う。去年教えた子がぼくの顔を覚えていたのだろう。「ねぇ、俳句作って!」

俳句フォトエッセイ

人がみな我よりはやく歩く春

石川啄木の歌集『一握の砂』に《友がみな我より偉く見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ》の一首がある。句はこのパロディでもあるが、実感でもある。朝、我が家から東急の元住吉駅まで、歩く。行き慣れた道だ。しかし、最近気づいたことがある。人が皆ぼくを抜いていくのだ。ぼくとしては、一生懸命に歩いているつもりなのに、平気で追い抜かす。足が短いのか、回転が遅いのかどんなに頑張っても追いつかない。病院の栄養相談に行くと、筋肉量の測定器に乗せられる。結果、足の筋肉量が標準以下だと言われた。駅では、エスカレーターに乗らず歩いて上がるように努めてきた。歩く量は以前より減ったとはいえ、平均9千歩は歩いている。

俳句フォトエッセイ

去りゆける武蔵野線の先に春

ちょっとだけ、撮り鉄の真似をしてみた。ここは、三郷駅。乗ってきた武蔵野線が出たところだ。この電車は所沢まで行くと言う。男の子はたいてい電車が好きだが、ぼくも例外ではなかった。小学校の時分には、秋葉原にあった鉄道博物館に何度も連れて行ってもらった。NゲージやHOゲージをねだって買ってもらい、何時間も走らせて遊んだ。中学に上がった時、石川君と仲良くなった。石川君は、ぼくの何倍も電車好きだった。それに行動力があった。模型では満足せず、実際の電車を見に行った。ぼくは行動力のある石川君に魅かれた。ついて出かけた。一番遠くは小田原だった。

俳句フォトエッセイ

鉛筆の先から春のほどけ出す

今日から「大花野展」が元住吉の感泣亭で始まった。会期は4月13日(日)までである。「俳句から生まれた帽子」「帽子から生まれた俳句」小林愛さんと小山正見のコラボレーションである。「一点お洒落主義」のぼくの帽子は、すべて小林愛さんの手によるものだ。小林愛さんとの出会いは偶然だった。母が亡くなった年、妻と学芸大学に出かけた。昔からある「宮川」で鰻を食べるためだ。「宮川」は母と鰻を一緒に食べた思い出の店だ。ところがそこに「宮川」はなかった。がっかりして帰りかけたとき、近くの二階にお洒落な店を見つけた。古い木の階段を上って聞いた。「何の店ですか?」

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美濃の春ぜつたい卵かけご飯

大垣に着いたら「ここ」と決めていた。大垣駅の1階にある美濃味匠。おにぎりやお弁当も売っているが、店内でも食事ができる。ほうじ茶が250円するのに、コーヒーは100円という変な店だ。卵かけご飯は700円だった。昨年は確か500円だったはずだ。「高校生東西俳句決戦in大垣」の審査員を昨年から仰せつかっている。昨年は寒かった。雨が降り気温は6℃しかなかった。今日は20℃はあるだろう。正に春の陽気だ。大垣の街中を歩き、大垣城に登った。大垣城は昭和11年に国宝に指定されたが、昭和20年の空襲で全焼した。現存するものは、外観をそっくりに再建された城である。ゆっくり大垣の街を歩いた。立派な黒い瓦の家が続く。

俳句フォトエッセイ

境内の春弾けをり終の寺

境内の梅の花は既に満開。隣の夏蜜柑の黄色とマッチして春を演出している。枝の間からは本堂が垣間見える。この寺は、真言宗智山派の延命寺。縁起のいい名前の寺だ。川崎駅から歩いて10分ほどの距離にある。江戸時代に造られた寺院だ。境内は静かで良く手入れがされている。時期になれば見事に咲くであろう紫陽花がすでに小さな芽をつけている。延命寺という同じ名前のお寺は関東にいくつもある。鎌倉の材木座にもあるし、逗子にもある。逗子の延命寺は天平時代に創建されたと伝えられているから歴史が古い。延命寺関係で一番有名なのは、荒川区にある延命院だろう。こちらは日蓮宗の寺院で八百屋お七縁の寺として知られる。

俳句フォトエッセイ

美濃の春先ずは卵かけご飯

春と書いたが、ちっとも春じゃない。寒い。Apple Watchに現在の気温を聞いたら「外は六度です」と言う答えが返ってきた。今、美濃の大垣に来ている。「高校生東西俳句決戦in大垣」というイベントの審査員を務めるためだ。「決戦」とはさすが関ヶ原の地である。明日が本番なのだが、折角なら少し早めに来て大垣城にでも行ってみるかという腹だったが、この寒さではそんな気も起きない。駅の一階に卵かけご飯を食べさせる店があることを思い出した。美濃味匠というお惣菜やお弁当も売っている店である。ちょっとおかずもついていて、軽い昼飯としては丁度いい。写真の卵かけご飯が六百円。コーヒー付きだ。

俳句フォトエッセイ

雨傘の春の模様となりにけり

数日良い天気が続いたが、今日は雨。ブレーメン通りに出ると傘の波だ。一時、傘と言えば皆ビニール傘だったが、少し様子が変わっている。優しい色調のカラフルな傘が結構多い。いかにも春の様相だ。昔、傘の歴史を考えたことがある。記憶によると傘の発祥地はエジプトだということだ。雨用ではなく、日傘だったらしい。佐野洋子に『おじさんのかさ』という本がある。「あら、かさをさしたんですか、雨が降っているというのに」という台詞が印象的だった。傘はさすものではなかったのだ。傘は都会の産物だというのが、僕の意見だ。長距離の旅行者にとっては、傘は邪魔者だろう。蓑や合羽の方が合理的だ。外で作業する場合も同様だろう。