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梅雨が終わり、本格的な夏が始まること。

季語梅雨明

(つゆあけ)[夏]

梅雨が終わり、本格的な夏が始まること。

この季語の俳句フォト:6句

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俳句フォトエッセイ

梅雨明けて我が家に残る七不思議

土曜日に我が家「感泣亭」で「言葉の部屋」が行われていた。「言葉の部屋」は詩人の服部剛さんの主宰する詩の教室である。いつもは僕も仲間入りするのだが、この日は外せない用事があり、欠席した。始まる時刻に服部さんから連絡があった。「電灯が点かない。冷房もダメ」というのだ。「どうしてだろう」前日の大雨が原因かもしれない。漏電したのかと心配になった。慌ててお世話になっている近所の電気屋さんに連絡した。すぐ飛んできて調べてくれた。漏電ブレーカーが落ちただけのことで、すぐに復旧できた。ぼくは、漏電ブレーカーのあることも、その位置もすっかり忘れていた。我が家にはぼくの知らないことがあると思い知らされた。

俳句フォトエッセイ

梅雨明けるそして自由がやつてくる

これは佐伯誠のもじりだ。原文は次のとおりである。最初にあったのは街だ。それからジャズだ。そして自由が歩いてきた。何と洒落たことを言うんだろう。祐天寺のparlourうみねこで7月12日までの行われていた「千の夜と108のマッチ」展。横浜の伝説的なジャズ喫茶ちぐさの貴重なマッチのコレクションが披露された。これらのマッチをモチーフに松本祥孝氏の写真と佐伯誠氏が文章がマッチングさせている。佐伯誠がこの世を去ったのは、昨年の8月11日。考えてみればまだ一年経っていない。詩人で、フランス映画の字幕翻訳の第一人者だった山崎剛太郎の縁で知りあった。妙に馬が合った。

俳句フォトエッセイ

「ココ」が良し「ここ」が最高梅雨明ける

幸区河原町ハッピーロードにあるコミュニティーカフェ「メロディー・ココ」に向かった。月1回の「ココ食堂」が行われるからだ。2年4カ月続けてきた連載「小山正見のかわさき俳句フォト」は、今回で最終回を迎える。第1回は川崎市役所の上からの富士山の写真だった。公害を克服し発展する川崎を捉えたいと考えたのだ。それから40回近く、川崎の良さをさまざまな形で伝えてきた。王禅寺の楓(かえで)や多摩川下流の干潟など、川崎の自然の美しさに感動させられた。サッカーのフロンターレやバスケットのブレイブサンダースの試合にも夢中になった。取材を重ねるうちに気がついたことがある。

俳句フォトエッセイ

梅雨明を今か今かと石畳

写真をよく見ると石畳の色が違うのがわかるだろうか。色の違う部分は、つい先日掘り返して工事をしていた箇所である。しかし、一日で元の石畳に戻っている。実はカッターで切れ目を入れて石畳調にしているのだ。丈夫だし、見た目も良い。ブレーメン通りがこの石畳に至るまでには紆余曲折があったが、ここでは省く。この道を通って、ぼくは駅へと向かい仕事に出かける。しかし、最近「老いた」と感じることがある。一つは歩行のスピードだ。ぼくは懸命に歩いているつもりなのに、隣のスマホを見ながら歩いている兄ちゃんに敵わない。若い女の子にもどんどん抜かされる。次は階段だ。

俳句フォトエッセイ

写真とは光の記憶梅雨明くる

目から鱗の写真講座だった。「写真とは光を捉えること」そんな風に考えたことは一度もなかった。第一回俳句フォトの会例会。講師の写真家加賀美光一さんが、教材として持ってきてくれたのが、写真のグラスだ。光が捉えられるのか!加賀美さんとは八名川小学校で出会った。子どもたちの卒業写真などを撮っていただいた。その写真の出来が並ではない。一人一人の子どもが輝いている。彼は風景から商業写真までの分野で幅広く活躍し、あるコンクールでは審査員をも務められている。その技術の一端を教えていただくのが、今回の企画の意図である。スマートフォンのカメラの特徴と使い方についても教えていただいた。

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梅雨明けを待つや江東歳時記碑

『江東歳時記』とは、戦後江東区砂町に住んだ俳人石田波郷の著作である。1957年から58年にかけて東京の江東地域を俳句、写真とエッセイで紹介し、讀賣新聞江東版に連載された。言わば「小山正見のかわさき俳句フォト」の元祖のような作品である。この『江東歳時記』の記念碑が小名木川沿いに建っている。波郷の「小名木川駅春の上潮曇るなり」の句が記されている。元の江東区長、山崎孝明氏の筆である。実はこの記念碑に僕は縁がある。この碑の裏に僕の名前も刻まれているのだ。(笑)江東歳時記の碑の建立を仕掛けたのは、ポン友のK先生だ。K先生は役所で、僕の前の席に座っていた。ある日、「おい、小山!