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柔らかい

俳句フォトエッセイ

夏来る憎つくき電信柱かな

今から70年近く前になるが、ぼくは写真の中央に立つ電信柱での出来事を鮮明に覚えている。確か、小学校5年生の夏だった。ぼくは自転車に乗り、この曲がり角に差し掛かった。その時に、向こう側から来たのは5トン積みのダンプカーだった。目の前に電信柱。ぼくは逃げ道を失い、自転車はダンプカーの後輪にあっという間に巻き込まれた。トラック特有の後輪差で巻き込まれたのだ。自転車の潰れる音がした。奇跡的に、ぼくは巻き込まれずに、跳ね飛ばされた。今はマンションの壁になっているそこは、幸いにも柔らかい垣根だった。あちらこちらに擦り傷を作ったが、頭も打たず一命を取り留めた。ぼくは運転手におんぶされて家に戻った。

俳句フォトエッセイ

梅雨空や恋人たちは手を繋ぐ

うっとうしい梅雨空が続いていたある日、駅に向かう人の列を見ながら妙なことを考えた。傘を差しながら手を繋いでいるカップルがいたからだ。普段でも普通に手を繋ぐカップルは多い。恋人同士や夫婦なのだろう。微笑ましく、ロマンチックな光景である。時には、歳とった老夫婦が手を繋いでいる風景を見ることもある。考えてみれば、男女(オス・メス)が手を繋ぐ動物はヒトだけではあるまいか。直立歩行で両手が自由に使えるからか。猿だって、毛繕いはするだろうが、手を繋ぐ猿なんて見たことがない。先日、YouTube「大花野チャンネル」の収録では、句集『大花野』の中の一句《手を繋ぎ祭の中を彷徨す》を取り上げた。

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満を持して天を向きたる花水木

桜の季節が終わりに近づいてきたと思ったら、それを待っていたかのように花水木がすでに小さな蕾をほどき始める。桜の花が下を向いて咲くのに対して、花水木の花は天を向いて咲く。最近はぼくの歩く道にも花水木をよく見かける。春の開花はもちろん、秋の紅葉も美しく、一年を通して目を楽しませてくれる。歩道を壊しにくいおとなしい根、葉が横に広がり、歩道に柔らかい影を作るのも好ましい。加藤楸邨は《一つづつ花の夜明けや花みずき》と詠んでいる。花水木はアメリカ原産でアメリカヤマボウシとも呼ばれる。こんな歴史がある。ワシントン、ポトマックのほとりの見事な桜をご存知だろう。