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業平橋

俳句フォトエッセイ

秋の雲高層ビルや二辰小

二辰小とは、江東区立第二辰巳小学校のことだ。先日俳句の研修会で久しぶりに訪れた。実は、ぼくは、30代のほとんどをこの学校で過ごした。二辰小は最近50周年を迎えたそうだが、ぼくが勤務したのは、10周年の頃。つまり40年も前のことだ。業平橋の自宅からバスを乗り継いで通勤した。豊洲の工場の間を通り、運河に架かった橋を越えると忽然と辰巳の都営の大団地が現れた。当時は僻地だったのだ。ある時雪が降り、バスが不通になった。その時は40分ほどかけて東西線の木場駅まで歩いた。今は深川ギャザリアになっている藤倉電線の工場のわびしい裸電球がいい思い出だ。今ではすっかり様変わりした。

俳句フォトエッセイ

閉店まで粘る輩や秋灯し

この日もカフェの閉店まで粘った。4時間は居ただろうか。図書館でものを書いたり、本を読んだりすればいいのに、どうもあの堅苦しい静寂が苦手だ。感泣亭には、父の残した立派な書斎があるし、スペースもある。冷暖房は自分の具合にあわせられるし、好きな音楽を聴ける。よほど便利だとは思うのだが、何だか落ち着かない。思い出してみると、ぼくの「書斎」の半分は喫茶店だった。最初は、浅草のフラミンゴだ。この店は国際通りにあり、今でも2階のバーは残っているはずだ。お神輿で有名な宮本卯之助商店の一つおいた隣にあった。鮮やかな緑色の壁に大きな絵がかかっていた。前金制で濃いフランス風のコーヒーが出てきた。

俳句フォトエッセイ

いざ花火浅草界隈人の波

規模から言えば、更に大きな花火大会はあるが、花火大会といえば、隅田川に尽きる。ぼくは、結婚した24歳の時から30年間隅田川に近い業平橋の団地に住んでいた。隅田川の花火は2会場で行われる。第2会場は我が家の目の前。第1会場はベランダからちょっと首を伸ばせば見ることができた。実に恵まれた環境である。ところが、人間不思議なもので「いつでも観られる」ということになるとかえって見る気が起きない。「どうせまた来年も見られる」と思うからだ。家にいる時も、食事をしながら時々窓際に花火を覗きに行くぐらいだった。花火大会の日、浅草の人出は百万人だという。身動きができないほどの狂騒だ。

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身に入(し)むや七十年の歯の記憶

写真のケースの中には、抜いたばかりの歯が入っている。歯そのものの写真にしようと思つたが、あまりに汚すぎるのでやめにした。何となく歯がグラグラして少し痛みもある。やむを得ず歯医者に行くことに決めた。しかし、どの歯医者に行くか。元住吉には、歯医者が多い。ブレーメン通りだけで20軒の歯医者がある。迷っても仕方ないので、我が家から一番近い歯医者に行くことに決めた。妻が以前お世話になった歯医者さんだ。その時の印象が悪くなかったからもある。すぐレントゲンを撮られた。医者が言う。「乳歯ですね。これは抜くしかありませんね。」びっくりだ。

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終戦忌空席のあるコメダかな

いつもコメダ珈琲店は混んでいる(元住吉店)。しかし、今日は空いていた。今日は終戦忌、お盆だからだろうか。ぼくにとって喫茶店はお茶を飲んでゆっくりする場所と言うより、図書室であり作業場である。今日は締切の近いエッセイを完成させ、いただいた句集を読む。モーニングを食べながら3時間半は過ごした。学生時代に10時間喫茶店で過ごしたことがあるが、それを除けば一番便利に使ったのは業平橋のジョナサンである。24時間営業で、コーヒーは飲み放題だった。当時住んでいた団地から歩いて1分だったので、実に便利だった。夜の2時や3時迄居たことも稀ではなかった。

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深川の奥の深さや鰻食む

鰻は大好物だ。先日はわざわざ三島まで出掛けて鰻を食べた。ぼくは、長いこと墨田区の業平橋に住んでいた。鰻を食べによく浅草に出かけた。仁丹塔の近くの「やっ古」や雷門2丁目の「初小川」にはよく通った。昔は今ほど鰻は高価な食べ物ではなかった。先日と言っても昨年だが、友人と隅田川沿いの前川に行った。前川は鰻屋として老舗中の老舗で200年以上の歴史を持つ。隅田川の景色を眺めながらの鰻は最高だったが、目の玉が飛び出るくらい高かった。子供が小さい時は、時々鰻を出前でとった。当時は、カツ丼とそれほど値段は変わらなかった。鰻禅という店で今は人気店になっているようだ。