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いざ花火浅草界隈人の波

小山正見

規模から言えば、更に大きな花火大会はあるが、花火大会といえば、隅田川に尽きる。
ぼくは、結婚した24歳の時から30年間隅田川に近い業平橋の団地に住んでいた。
隅田川の花火は2会場で行われる。第2会場は我が家の目の前。第1会場はベランダからちょっと首を伸ばせば見ることができた。実に恵まれた環境である。
ところが、人間不思議なもので「いつでも観られる」ということになるとかえって見る気が起きない。
「どうせまた来年も見られる」と思うからだ。
家にいる時も、食事をしながら時々窓際に花火を覗きに行くぐらいだった。
花火大会の日、浅草の人出は百万人だという。身動きができないほどの狂騒だ。
もしかしたら花火大会の記憶とは花火そのものの記憶ではなく、「人の波に揉まれた」記憶であり、その中で誰かと語らった記憶なのだろう。
そう考えると、いくつかの花火の記憶が蘇る。一つは、幼い日に父に抱っこされてみた多摩川の花火大会だ。ぼくを抱っこしている隙に父はスリに財布を擦られた。
もう一つは、子供たちを引率して行った岩井の臨海学校。夜の砂浜に子どもたちと並んで座り、海の上に扇型に広がる花火を見続けた。
54歳の時に江東区のマンションに引っ越した。「東京湾の花火が目の前に見える」という触れ込みだった。最初は素晴らしい花火のショーが繰り広げられた。ところが、次の年になると、豊洲の高層マンションが立ち始めた。年を追うごとに花火はビルに遮られ、最後は向かいのマンションの窓に反射する残光だけになった。
こうしてぼくの花火の時代は終わったが、花火の記憶とは、結局のところ花火にまつわる人の記憶なのかもしれない。