俳句フォトエッセイ2026.01.15冬紅葉瑞泉寺へと続く道小山正見瑞泉寺は鎌倉のお寺だ。駅からバスに乗り大塔宮で降り、徒歩で10分の距離にある。大塔宮とは、護良親王を祀る鎌倉宮の通称である。護良親王は、後醍醐天皇の皇子で、倒幕の立役者の一人である。尊氏と対立し失脚。この地で殺害された。瑞泉寺に行く途中には、画家平山郁夫の居宅だった家もある。天気予報に反して風もなく静かな道を疏水に沿って上がると瑞泉寺が見えてくる。鶴岡八幡宮や小町通りは観光客で溢れているが、ここは誰もいない。鎌倉には約60のお寺があると言うが、喧騒に包まれている方が少数なのかもしれない 。瑞泉寺は花の寺として有名だ。この季節だからほとんど花はなかったが、山門には石蕗の花がまだ残っていた。石の階段を登ると、蝋梅が既に花をつけていたし、水仙がちらほらと咲いていた。梅の木には硬い蕾が無数にあった。吟行の仲間に呼ばれて行ってみると冬桜だ。「水戸黄門さまお手植え」とあった。去り難く黄門さまの冬桜ここの庭は夢窓疎石の構想による。疎石は京都の西芳寺(苔寺)や天龍寺の曹源池庭園を作った人である。瑞泉寺の庭は岩盤をくり抜いた異様な形の庭である。見るための庭ではなく修行の庭とされているようだが、ぼくにはよくわからない。吟行を企画してくださるのは、84歳になるDさんである。この日、ぼくは一句もろくな句を作ることができなかったが、冬紅葉に囲まれ、遠くに冬青空を見上げ、静寂の中に身を置いた。こんな静かな気持ちで一年を終えることができる幸せを噛み締めた一日であった。冬紅葉瑞泉寺へと続く道
瑞泉寺は鎌倉のお寺だ。駅からバスに乗り大塔宮で降り、徒歩で10分の距離にある。大塔宮とは、護良親王を祀る鎌倉宮の通称である。護良親王は、後醍醐天皇の皇子で、倒幕の立役者の一人である。尊氏と対立し失脚。この地で殺害された。
瑞泉寺に行く途中には、画家平山郁夫の居宅だった家もある。
天気予報に反して風もなく静かな道を疏水に沿って上がると瑞泉寺が見えてくる。
鶴岡八幡宮や小町通りは観光客で溢れているが、ここは誰もいない。
鎌倉には約60のお寺があると言うが、喧騒に包まれている方が少数なのかもしれない 。
瑞泉寺は花の寺として有名だ。この季節だからほとんど花はなかったが、山門には石蕗の花がまだ残っていた。石の階段を登ると、蝋梅が既に花をつけていたし、水仙がちらほらと咲いていた。梅の木には硬い蕾が無数にあった。
吟行の仲間に呼ばれて行ってみると冬桜だ。
「水戸黄門さまお手植え」とあった。
去り難く黄門さまの冬桜
ここの庭は夢窓疎石の構想による。疎石は京都の西芳寺(苔寺)や天龍寺の曹源池庭園を作った人である。瑞泉寺の庭は岩盤をくり抜いた異様な形の庭である。見るための庭ではなく修行の庭とされているようだが、ぼくにはよくわからない。
吟行を企画してくださるのは、84歳になるDさんである。
この日、ぼくは一句もろくな句を作ることができなかったが、冬紅葉に囲まれ、遠くに冬青空を見上げ、静寂の中に身を置いた。
こんな静かな気持ちで一年を終えることができる幸せを噛み締めた一日であった。
冬紅葉瑞泉寺へと続く道