俳句フォトエッセイ2026.02.05大寒や軍国少年なりし頃小山正見ここは千代田区の東郷元帥公園である。東郷元帥とは、連合艦隊を率い、あの日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を撃破した、東郷平八郎のことだ。子供だったぼくにとって、東郷元帥は乃木希典大将と並んで英雄だった。わざわざ横須賀まで戦艦三笠を見に行ったこともある。「水師営の会見」という軍歌は何度聞いたか分からないほどだ。「旅順開城約なりて 敵の将軍ステッセル」から始まる歌だ。佐々木信綱の作詞で、最後は「昨日の敵は今日の友 語る言葉も打ち解けて 我は讃えつつ彼の防御 彼はたたえつ我が武勇」で終わる。映画も観た。「明治天皇と日露大戦争」。特に好きだったのは軍艦だった。太平洋戦争当時の戦艦や航空母艦などの名前、その性能などはほぼ頭の中に入っていた。マニアと言っても良いほどだ。軍艦のプラモデルも作った。丁寧にペイントまでした。そのいくつかはまだ我が家にある。親にねだって日の丸を買ってもらって祝日に玄関に飾ってもらった。「敵中横断三百里」などの軍記物を胸躍らせて読んだ。戦争の悲惨さも何も知らない頃だった。四季派の詩人であった父・正孝は戦争に関わる詩をただ一編だけ残している。見 学 小山正孝私たちは 二列になつて晩秋の 午前の光をあびて 立つてゐた兵たちは 銃を据ゑつけ 照準をつけた山麓は みどりにまじつて 黄葉してゐ たしづかで 誰も居ない 原に赤い 二本の 小さい旗が ひらひらしてゐたうち出した音が はつきり 十も つづいて二つの曳光弾が 飛んで行つた「命中」「よし」兵たちは 目標を かへたまた 銀色の弾は すうつと 糸ひいてのびて行つた私たちは 思つた戦争ではかういふやつが 向ふからも来るんだ赤い旗は 野の花のやうだったこの詩は詩集には収録されていない。
ここは千代田区の東郷元帥公園である。東郷元帥とは、連合艦隊を率い、あの日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を撃破した、東郷平八郎のことだ。子供だったぼくにとって、東郷元帥は乃木希典大将と並んで英雄だった。わざわざ横須賀まで戦艦三笠を見に行ったこともある。
「水師営の会見」という軍歌は何度聞いたか分からないほどだ。
「旅順開城約なりて 敵の将軍ステッセル」から始まる歌だ。
佐々木信綱の作詞で、最後は
「昨日の敵は今日の友 語る言葉も打ち解けて 我は讃えつつ彼の防御 彼はたたえつ我が武勇」で終わる。映画も観た。「明治天皇と日露大戦争」。
特に好きだったのは軍艦だった。太平洋戦争当時の戦艦や航空母艦などの名前、その性能などはほぼ頭の中に入っていた。マニアと言っても良いほどだ。軍艦のプラモデルも作った。丁寧にペイントまでした。そのいくつかはまだ我が家にある。
親にねだって日の丸を買ってもらって祝日に玄関に飾ってもらった。
「敵中横断三百里」などの軍記物を胸躍らせて読んだ。戦争の悲惨さも何も知らない頃だった。
四季派の詩人であった父・正孝は戦争に関わる詩をただ一編だけ残している。
見 学 小山正孝
私たちは 二列になつて
晩秋の 午前の光をあびて 立つてゐた
兵たちは 銃を据ゑつけ 照準をつけた
山麓は みどりにまじつて 黄葉してゐ た
しづかで 誰も居ない 原に
赤い 二本の 小さい旗が ひらひらしてゐた
うち出した音が はつきり 十も つづいて
二つの曳光弾が 飛んで行つた
「命中」
「よし」
兵たちは 目標を かへた
また 銀色の弾は すうつと 糸ひいて
のびて行つた
私たちは 思つた
戦争では
かういふやつが 向ふからも来るんだ
赤い旗は 野の花のやうだった
この詩は詩集には収録されていない。