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少年の野球遊びや蝉時雨

小山正見

激しく降っていた雨が止んだ。妻のお世話になっているホームに面会に行った帰りである。
公園で兄弟らしき少年が野球をしている。背景には蝉時雨。
お兄ちゃんが打ち、弟はピッチャー兼球拾い役である。
弟の不満そうな表情を察したのか、突然、「これで最後。代わろう」と声をかけている。なかなかのお兄ちゃんだ。
ぼくは、このくらいの年頃の時、どんな遊びをしていたのだろうかと考えた。
馬跳びに長馬。長馬は股の間に頭を突っ込み、跳ぶ方は上から背中にドスンと乗っかるのである。背骨を痛めるという理由で学校では禁止されていた。缶けりや隠れんぼも随分やった。各家を区切る垣根は、プロック塀ではなく、当時は文字通りの「垣根」だったので、子どもは自由にその間を潜り抜けることができた。
石けりやビー玉、ベーゴマもした。ベーゴマは、ヤスリで鋭角に磨いたりした。
もちろん野球もした。ベビーブームの時代だったので、同年代の仲間が大勢いた。
最初はゴロベースだった。それがゴムマリになり、軟球に変わっていった。
どういうわけか、ぼくのポジションは一貫してキャッチーだった。グローブの代わりにキャッチャーミットを買ってもらった。キャッチャーは人気のあるポジションではない。今考えると下手なぼくがチームに入れたのはキャッチーだったからかもしれない。
練習場は近くの公園だった。ボールがよく公園の隣の家に飛び込んだ。取りに行こうとして、よく怒鳴られた。
今だから白状するが、とんでもなく悪いこともした。
怒鳴られた家を目掛けて石を投げつけた。ガラスの割れる音がした。「ザマァ見ろ」と思った。
ある日公園に「野球禁止」の立て看板が立てられた。
癪に触ったぼくらはその看板を掘り起こし、捻り倒した。爽快だった。
捕まって叱られた記憶はない。たまたま上手く逃げのびたのだろう。おおらかな時代だった。しかし、これらのことを契機に野球チームは自然消滅した。
中学に入ること前のことである。