俳句フォトエッセイ2025.08.31秋めきぬ風引き連れて南武線小山正見今日も暑い。冷房の中に一日中閉じこもっていたい1日だ。しかし、それでも何となく空気が違う。秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬるという紀貫之の歌がある。現代ほどではあるまいが、平安時代の残暑もそこそこに暑かったのだろう。植物を見れば、秋の気配は濃厚である。猫じゃらしは緑のままだか、そころそんしょに生えている。郊外に行けば、コスモスも花をつけ始めている。赤蜻蛉が飛び回っている。こんなに暑くても秋は来るのだ。とここまで書いたところで、Facebookを見たら、オカリナ奏者の中村純子さんが、「鹿島田にもつくつくほうしが来たぞ!」と投稿されているのを見つけた。つくつくほうしは紛れもなく秋の蝉だ。暑いが、着々と季節は変わりつつあるのだ。昨年の句だが、それなりに九月になりぬ空の色 正見と詠んだところ、有名な俳句雑誌『鷹』に取り上げられ、「俳人はこういう感性を持つべきだ」と褒められた。どうやらぼくは、秋の気配を感じる感性に関してだけは鋭い?のかもしれない。(笑)そう言えばストローで残る暑さを掻き回す 正見という拙句も褒められたことがある。たまには良い句を詠むこともあるのだ。今年はどうだろう。
今日も暑い。冷房の中に一日中閉じこもっていたい1日だ。しかし、それでも何となく空気が違う。
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる
という紀貫之の歌がある。現代ほどではあるまいが、平安時代の残暑もそこそこに暑かったのだろう。
植物を見れば、秋の気配は濃厚である。猫じゃらしは緑のままだか、そころそんしょに生えている。郊外に行けば、コスモスも花をつけ始めている。赤蜻蛉が飛び回っている。こんなに暑くても秋は来るのだ。
とここまで書いたところで、Facebookを見たら、オカリナ奏者の中村純子さんが、「鹿島田にもつくつくほうしが来たぞ!」と投稿されているのを見つけた。
つくつくほうしは紛れもなく秋の蝉だ。
暑いが、着々と季節は変わりつつあるのだ。
昨年の句だが、
それなりに九月になりぬ空の色 正見
と詠んだところ、有名な俳句雑誌『鷹』に取り上げられ、「俳人はこういう感性を持つべきだ」と褒められた。どうやらぼくは、秋の気配を感じる感性に関してだけは鋭い?のかもしれない。(笑)
そう言えば
ストローで残る暑さを掻き回す 正見
という拙句も褒められたことがある。
たまには良い句を詠むこともあるのだ。
今年はどうだろう。