【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

秋立ちて俳句で語る介護かな

小山正見

驚いたことに、大垣オカサンホテルのcafeヘレンケラアには、40名を超える人たちが集まっていた。
そこでぼくは、桐山淳先生と共に妻の介護について語った。
桐山先生のお話は心に響くものだった。その内容については、コメント欄の動画をぜひご覧いただきたい。
ぼくは句集『大花野』の句を読み上げながら、その時の心情を語ることにした。
YouTube番組「大花野チャンネル」を通して、ぼくの考えはかなり変わった。その点を中心に話した。
句集を編んだ当時、ぼくには「介護は大変だったんだよ。それをわかってほしい」という思いが強かったように思う。
しかし、YouTubeで土井さんや真衣ちゃんと話していくうちに、少しずつ考えが変わった。ぼくは不幸だったのではなく、むしろ幸せだったのではないか。
《手を握り祭の夜を彷徨す》
その時、ぼくは妻を迷子にさせてはいけないと、その手を握って放さなかった。確かにそれは必死な体験だったが、もしかしたらそれがなかったら一生妻と手を握って歩くことはなかったかもしれない。
《ほつほつと記憶の泡や浮いてこい》
認知症は記憶を失って大変だというが、一緒に生活していて「記憶」で困ったことはさほどなかったことに気がついた。今日が何月何日かを忘れても食事ができなくなることはない。彼女の代わりにぼくが覚えていればどうにかなるのだ。それに一緒にいることの幸せをこんなに意識したことはない。
彼女の病気を契機にたくさんの助けてくれる人たちと知り合えたことも大きい。病気になることは辛い。けれどそこから与えられるものもあるのだ。
話が伝わったかどうかわからないが、
持っていった句集『大花野』10冊は全てなくなっていた。