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俳句フォトエッセイ

手を握り祭の夜を彷徨す

句集『大花野』に収録したこの句を詠んだのは、今から7年前のことだ。色々な気持ちが交錯していた。お祭りに出かけたら楽しいだろうな。妻も喜ぶだろう。しかし大丈夫かな。元住吉の駅前にある住吉神社に出かけた。あたりは屋台が店を出し、人で溢れていた。昔ながらの焼きそばや射的もあった。しかし、予想したよりずっと人が多い。妻を迷子にしたら大変だ。思わず妻の手を握り人混みの中を歩いた。妻も不安だったのだろう。しっかりぼくに寄り添っている。特に何か目的があったわけではない。境内をただ歩き、屋台をのぞいた。人混みから抜けた時はほっとした。その祭の夜を詠んだのが冒頭の句である。

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秋立ちて俳句で語る介護かな

驚いたことに、大垣オカサンホテルのcafeヘレンケラアには、40名を超える人たちが集まっていた。そこでぼくは、桐山淳先生と共に妻の介護について語った。桐山先生のお話は心に響くものだった。その内容については、コメント欄の動画をぜひご覧いただきたい。ぼくは句集『大花野』の句を読み上げながら、その時の心情を語ることにした。YouTube番組「大花野チャンネル」を通して、ぼくの考えはかなり変わった。その点を中心に話した。句集を編んだ当時、ぼくには「介護は大変だったんだよ。それをわかってほしい」という思いが強かったように思う。

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思ひ出の詰まる校舎やカンナ咲く

「もうカンナか!」カンナの葉とはこれほど美しかったのか。見惚れる思いだ。その向こうに見えるのは八名川小学校の校舎だ。今年開校110年を迎える。ぼくは、赴任してからこの学校で6年を過ごした。その最初の年のトピックは「学習塾」との連携だった。珍しかったのだろう。これが大きく新聞に取り上げられた。裏を明かせば、算数の指導をしてくれる適当な先生がいなかっただけの話だ。「昼間は時間が空いていて、算数の指導ができる人はどこかにいないか?」そしてたどり着いたのが塾の先生だった。条件にぴったりだ。これが「塾との連携」とになった訳だ。記事の見出しはセンセーショナルだったが、内容はかなり正確に書いてくれた。

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梅雨空や恋人たちは手を繋ぐ

うっとうしい梅雨空が続いていたある日、駅に向かう人の列を見ながら妙なことを考えた。傘を差しながら手を繋いでいるカップルがいたからだ。普段でも普通に手を繋ぐカップルは多い。恋人同士や夫婦なのだろう。微笑ましく、ロマンチックな光景である。時には、歳とった老夫婦が手を繋いでいる風景を見ることもある。考えてみれば、男女(オス・メス)が手を繋ぐ動物はヒトだけではあるまいか。直立歩行で両手が自由に使えるからか。猿だって、毛繕いはするだろうが、手を繋ぐ猿なんて見たことがない。先日、YouTube「大花野チャンネル」の収録では、句集『大花野』の中の一句《手を繋ぎ祭の中を彷徨す》を取り上げた。

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くちなしや今では指輪も回るほど

年配の方は、ご存知だろう。渡哲也が歌い、大ヒットした「くちなしの花」である。1974年というから今から50年以上前である。俳句の授業で「くちなし」を取り上げた時、この歌を紹介したらキョトンとされた。ぼく自身、あまりのテンポの遅さに改めて時代の変化を感じざるを得なかった。「歌は世に連れ・・・」と言うが、ぼく自身の人生もまた、時々の歌と共にあったのは確かだろう。橋幸夫の「高校三年生」を修学旅行のバスの中で歌った記憶があるが、好きにはなれなかった。吉永小百合が歌った「寒い朝」。「北風吹ぬく寒い朝も心一つで暖かくなる」は今でも心に残っている。発売の年月日を調べたら、1962年とあった。

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『大花野』引越して来て更衣

これまで神保町にあった書店『大花野』が、この6月から川崎市幸区のコミュニティカフェ「メロディココ」内、ココバスケットの本棚へ引っ越した。メロディココは、生活クラブ生協が「お互い様の助け合い」を広げようと開設した多世代の居場所スペースである。介護のよろず相談所もあれば、多世代が集うココ食堂も開かれている。句集『大花野』が刊行されたのは、2022年2月だった。それから4年が経った。その間、さまざまな形で取材され、取り上げられ、論じられてきた。東京新聞や読売新聞では大きなスペースを割いて紹介された。介護関係の新聞に取材されたこともある。認知症が社会的に大きな問題になっているからだ。

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来し方を辿る歌なり鶴来る

松井信幸著『昭和歌謡ものがたり』(アルソス新書)である。この本は、先日紹介した『もう一度聞きたいGS・フォーク・ニューミュージック読む昭和の曲63』の姉妹編である。Amazonでも購入することができる。https://amzn.to/4nfOhLn今年の上半期に読んだ本の中で一番印象に残ったのがこの本だった。それはぼくの年齢とも関係しているかもしれない。昔が懐かしく、自分の人生を振り返ってみる歳になったということだ。この本には、昭和30年代から昭和の終わりまでの歌謡曲とそれにまつわる挿話が網羅されている。その時代はそっくりぼくの前半生と重なるのだ。

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懐かしき声懐かしき人秋うらら

「いろんなところに出かけてますね」と言われる。自分ではそんな気はないが、言われてみると「確かに」と思う。役所に勤めていた時は、ほとんど江東区内だったが、フリーになってからは幅が広くなった。授業や研修会で都内のあちこちに出向くし、それがない日は、俳句フォトの取材に出かけたりする。一日中家にいるのは月に数えるほどだ。この日は西大島。砂町小学校の校内研修会だ。その前に、ある人と会って食事をした。菅原朋之さんだ。菅原さんは江戸川区松江の40年の歴史を持つ学習塾の先生であり、経営者だ。知り合ったのは20年前。ぼくが八名川小学校に赴任した年だ。

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秋うらら認知症カフェてふ居場所

先日、認知症の人と家族の会の会合に参加したという話を書いた。実は、妻が発症した当時、今から10年以上前のことだが、ぼくは必死になって「家族の会」を探した。だが、どうしたわけか見つからなかった。そうした会合を探して、三鷹まで行ったこともある。ボランティアの会の方が我が家まで来てくれたこともある。包括支援センターと繋がったので安心して、その後探すのを中断した。センター長が熱心な方で、我が家感泣亭で「オレンジカフェ(認知症カフェ)」を行うという話がまとまった。細々ながら2年ほど続いた後、突然センター側から「中止」の話が出た。センター長が替わり方針が変更になったのだろう。

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誘惑に心の揺らぐ九月かな

九月は、毎年新型のiPhoneが発売される月だ。ぼくがiPhoneに最初に出会ったのは、2010年の3月20日である。その年ぼくは38年間の教師生活にピリウドを打つ。卒業式が5日後に迫っていた。にも関わらず卒業式の式辞をほっぽり出して、iPhoneにうつつを抜かしていた。「こんなものでなにができるか」と半信半疑だったが、「フォト一句」というアプリを見つけて「コレは楽しめそうだ」と思った。それでも最初のうちは、電話とメールにおまけのオモチャが付いている感じだったが、どんどん高性能になっていった。今では、銀行のお金の出し入れも、Suicaの機能もiPhoneに頼っている。