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俳句フォトエッセイ

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ぼくたちはどう老いるのか月朧

信頼する友人から一冊の本を勧められた。高橋源一郎の『ぼくたちはどう老いるか』(朝日新書)である。早速手に入れて、読んだ。第1章では鶴見俊輔の『もうろく帖』が取り上げられている。老いは新たな体験であり、その先には死がある。そこに至る過程はどのようなものか。『もうろく帖』では本人の筆でそれが書かれている。しかし、「もうろく」してしまってもさらに死までの過程がある。それを本人が書くことは不可能だ。次の章で取り上げられているのは家族から見た老いと死である。吉本隆明の死に様。有吉佐和子の『恍惚の人』が紹介され、最後が私小説作家耕治人が認知症の妻とのことを死ぬ間際に書いた三つの小説である。

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浅春の松本芳明写真展

松本さんは、俳句教育の仲間だ。その松本さんが写真をしていることは、知っていたが、これほどとは思わなかった。場所は、西麻布の四丁目。ギャラリーイー&エム西麻布という画廊だ。瀟洒な住宅地の中だが、有名な麻布食堂の真ん前だから分かりやすい。作品は全てモノクロ。「出生地」との題の通り、彼が生まれ育った家を撮ったものだ。彼自身が書いたパンフレットによると、「故郷だが素直にふるさとと呼べない出生地」とある。「暴力をふるうことでしか伝えられなかったことは何だったのか。時代が産んだ人格。しかしその中で父は仏像の絵を描き続けた。そんな父の声を受け止めたいと今は思う。」

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AIに心奪はれ鬼は外

先日感泣亭で、AI講座を行った。前回は初級だけだったが、今回は初級に加えて中級講座も行った。講師はI氏。第一線で活動中のプロのIT技術者だ。感泣亭のインターネット環境も彼のチームに支えられている。前回の講座を受けて、ぼくも ChatGPTは使うようになった。一言で言えば「メッチャ便利」。調べものなどにも最適だ。対象について大まかな様子を即座に掴むことができる。しかし、問題点もある。しょっちゅう嘘を吐くのだ。あたかも事実かのようにもっともらしい理由まで添えるから厄介だ。「それは違うでしょう」と返すと「失礼しました。確認不足でした」謝ってくる。

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奉納の絵馬の重なり梅の宮

東京には梅の名所がたくさんある。しかし、その代表格は湯島天神だろう。ここは学問の神様菅原道真を祀る神社である。「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」の歌はあまりにも有名である。メトロ千代田線の湯島駅から「学問の道」と書かれた懸垂旗を辿ると天神石坂下に出る。ここを登ると湯島天神の境内だ。折からの受験シーズン。平日でも訪れる人は多い。高校生らしいグループもいれば、老夫婦の姿もある。境内の奉納棚は合格祈願の絵馬が山盛りだ。本人が書いたものも、両親の願いを込めた絵馬もある。中には予備校の先生方の絵馬もあった。梅の花がこれから開く。これでみなが合格できれば何も言うことがないのだが。

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春来たり佐山愛とのツーショット

佐山愛さんは、ai sayamaの名前で今売り出し中の世界を股にかけるアーティストである。その佐山愛さんが、我が家、感泣亭に来てくださった。彼女が本格的にアーティストとして活動し始めたのは2018年。パリや台湾でも定期的に展示会を行い、ほぼ1年前には、事務所を調布から谷中に移した。日本テレビの「ブラリ途中下車の旅」でも紹介され人気に火がついた。佐山さんはメッチャ明るい人だ。マシンガントークで人を惹きつける。笑いがとまらない。写真を見ると笑って2人とも目がないかのようだ。愛さんの来訪はまるで春一番が吹き込んできたかのようだった。手に持っている猫ダルマが愛さんのトレードマークだろう。

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並々と注ぎ込みたる春の水

生まれて初めて水筒を買った。買いたい、買いたいと思っていたのだが、何となく買いそびれていた。医者から水分をたくさん摂りなさいと前々から言われていた。夏の間は暑い。喉が乾く。自然と水が飲みたくなる。ペットボトル一本分ぐらい軽く飲んでしまう。ところが寒くなるとそういうわけにはいかない。水を飲む必然性を感じなくなる。それに寒くなってくると冷たい水は飲みたくなくなる。「どうしたものか」温かい飲料も自動販売機にある。ココアやホットレモンのようなものもある。しかしこれらは皆甘い。糖尿病の持病があるぼくとは相性が悪い。見つけたのは、Asahiの「白湯」という名前のお湯だ。

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病院の窓の外なる冬景色

関東労災病院の食堂から中原区平和公園の緑が見えるが、どことなく寒々しい。ちいさな事件があった。食事をしていた方が突然倒れられた。館内放送が流れると、あっという間に10人を超すお医者さんや看護師さんが集まり担架が用意された。皆若い人だった。ぼく自身も救急車で病院に運ばれたことがあるし、顔面神経麻痺の際は10日間入院した。亡くなる前に母がお世話になった井田病院も思い出深い。大雪の中見舞いに行ったことを思い出す。母は尊厳死協会の会員だった。胃ろうはもちろん、点滴もしないと言い張った。そんな母を宥めすかして、入院させた。痛みが取れて帰ってきた母に「なぜ入院させたのか」と責められた。

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春近しここは原宿神宮前

ここは神宮前の交差点、鏡張りのエントランスが目を引く、あの奇妙な意匠の東急プラザの2階である。この辺りには、デザインに凝ったビルが山ほどある。昔の同潤会アパートを建て直した表参道ヒルズも近い。歩いているのは若者ばかりだ。実はここは、ぼくにとって縁の深い場所なのである。結婚し転出するまで、ぼくの本籍地は「渋谷区神宮前1丁目165番地」だったからだ。写真の正面のビルのちょうど裏側に当たる。そこに父が育ち、祖父が住んでいた家があった。大正から太平洋戦争が終わるまでの期間だ。当時は、明治通りもなく、明治神宮前への参道の一画に過ぎなかった。代々木の練兵場も近く、寂しい東京の郊外といった場所だったようだ。

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ラコステのコート手に入れ寒詣

この日はラコステのコートを買い、湯島天神に詣でた。ダウンのコートを買いたかった。今着ているコートの色が褪せてきたからだ。コートの色は黒だった。ところが、ある日「先生のコートは黒だと思っていたら紫なんですね」相手は褒めたつもりであるが、ぼくは「これはまずい」と思った。明らかに変色しているのだ。若い人は何を着ても格好良く見えるが、老人が変なものを着ているとみすぼらしいだけだ。そこで新しいダウンコートを買おうと決意した。いくつかの店を見に行ったこともある。しかし迷って決め切れなかった。ぼくは、これまで自分の洋服を自分で買ったことはほとんどなかった。妻に任せきりだったし、相談して買った。

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震えつつ糸を垂らして春を待つ

寒い1週間だった。それにしても釣り人は勇敢で我慢強い。防寒具に身を包み、寒風をものともせずに糸を垂らしている。後ろを通っているのは、中央線である。ここは、JR市ヶ谷駅から橋を渡ってすぐ、江戸城外堀の一画に設けられた釣堀である。名前は「市ヶ谷フッシングセンター」。鯉釣りがメインだが、ニジマスやイワナを釣るコーナーもある。釣った魚をその場で焼いて食べることもできるらしい。おにぎりや生ビールも売っているので、暖かくなればちょっとしたピクニック気分で過ごすこともできそうだ。いかにも「釣りは初めて」という感じの女の子が釣り上げた魚に恐々指先だけで触っている姿が印象的だった。水がある風景は何だか心が和む。