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俳句フォトエッセイ

俳句フォトエッセイ

公園に自転車の群冬夕焼

俳句フォトの創り方は様々ある。写真を撮ったと同時に俳句もできれば最高だが、そんなことは滅多にない。すると、俳句を作ってからそれに合う写真を探すか、もしくは撮った写真を見ながら俳句を捻るか、そのどちらかである。ぼくのやり方は後者だ。この写真は、我が家の近くのある公園だ。既に薄暗くなっていているのに、子供たちが遊んでいる。幼い子供たちも居れば、中学生ぐらいのお兄ちゃんもいる。それがある種の驚きだった。その驚きがぼくにシャッターを切らせた動機だ。そのように、写真を撮るには動機がある。「綺麗だなぁ」とか「驚いたなぁ」とか、整理できない何かがあるものだ。

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冬館目黒とんきの流儀かな

ふと「とんき」に行ってみようという気になった。「とんき」とは、目黒にあるトンカツの名店「とんき」のことである。ぼくは、若い時に自由が丘にあった「とんき」に連れて行ってもらったことがある。初めて分厚いトンカツを食べたのがこの店だった。トンカツ好きのぼくにとっては、神保町の「いもや」同様忘れられない名前だ。「いもや」には数えきれないほどお世話になった。しじみ汁が忘れられない味だ。しかし、白状すれば、目黒の「とんき」には行ったことがなかった。目黒駅から権之助坂を下る。左折するとすぐ「とんき」の明かりが見える。古い建物だが、まるで冬館のような装いである。

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カリウムの値を下げよ十二月

「ついに来たか」医者からの指示は「カリウムの値が上がらないように注意してください」というものだった。カリウムは腎臓関わる値の一つだ。どうやら薬の飲み合わせとの関係もあり、腎臓の機能がかなり低下しているらしい。その割には元気で体の怠さもない。しかし参った。あと10年、ビンビンコロリというわけにはいかないかもしれない。栄養相談を受けたらカリウム値が高い食品の表を渡された。「バナナは食べないようにしてください」見るとほとんどの果物や野菜もカリウム値が高い。「これじゃあ何も食べられないではないか」カリウム値が低い代表的な食べ物は白米である。玄米と比べてもカリウム値は3分の1だ。

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海の綺羅広がり小春日和かな

「海は広いな大きいな」という歌がある。風のない小春日和の海はいつまでも見ていたくなる。波の音が静かに聞こえ、鳶がゆっくり空を舞っている。伊豆大島の島影がうっすらと見える。太陽の光で細かな波がきらきらと光る。なぜ海はこんなにも人の心を和らげるのだろうか。これには色々な説があるようだ。①海は命の母だから確かに全ての生命は海から生まれた。DNAに組み込まれた命への郷愁なのかもしれない。②波の音のリズム決まった静かなリズムは、心臓の鼓動と呼応して、心を落ち着かせる。安定したリズムが関係しているのかもしれない。③海の色の青さ一説によれば「青」は血圧や脈拍を下げる効果があるという。

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神の留守此処で会つたが百年目

「似てるなぁ」間違いない!声を掛けるとやっぱり彼だ。臨海線の大井町のホーム。地下へ地下へとエスカレーターを乗り継いでいく、あのホームだ。しかも端っこ。ぼくは、東京ビッグサイトで行われている「文学フリマ」に行く途中だ。彼は幕張で行われているゲームマーケット2025に向かう途中だと言う。「昨日は出店したが、今日は遊びだ」と笑う。彼の名前は大山功一。ポケモンカードゲームの創作に関わり、業界では知る人ぞ知るレジェンドである。最近は自作のカードゲームの創作を中心に活動している。ぼくは彼の「タルカ」という単純だが、逆転の発想のゲームに驚かされた。

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青春の六十年後の秋の暮

ぼくが通っていた高校、都立田園調布高校の第14期の同期会である、55名が集まった。新宿の地下の薄暗いカフェが会場だった。何人から「おー!小山」と声を掛けられたが、名前を見ても思い出せない。同じクラスで仲の良かった子はいたが、姿はなかった。高校3年間の大きな出来事と言えば、一つは学校のすぐ隣を新幹線が通ったこと。授業中にクラス全員で通過する新幹線を見に行った。もう一つは東京オリンピックがあり、国立競技場で観戦したことである。ぼくは円谷が一万メートルで6位に入賞した場面を目撃している。恋の芽生えがあったのも高校時代だった。浜口(仮名)さんという女の子が好きになった。

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冬ざるる復興公園の静寂(しじま)

一ヶ月ほど前、復興公園については書いた。写真のこの場所はその時と同じ千代田区立九段小学校に隣接した復興公園である。すぐそばに東郷平八郎元帥が住んでいたことから、通称東郷元帥記念公園という。関東大震災の教訓から公開緑地が火事の延焼を食い止めたという教訓が生かされた形だ。この復興公園で思い出すのはぼくの勤めていた八名川小学校である。同じように復興公園が併設されている。八名川小のある江東区森下は、1945年3月10日の東京大空襲で最も被害の大きかった地域である。火が燃え盛る中で小学校の校舎に多くの人が避難した。熱のため、校舎の中で亡くなった方も多かったようだ。

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目を瞑(つぶ)り本を捨てたる神の留守

書棚の二段分ぐらいをやっとの思いで捨てることにした。しかし、本を捨てるのは難しい。新聞や雑誌は誰でも捨てる。同じ印刷物であっても、通りすがりのものだとわかっているからだ。本は違う。一冊の本を書くためにどれだけの苦労があったか。一冊一冊に人生が籠っているのだ。本を捨てることはその人の人生と縁を断つことに等しい。我が家の書斎は父が使っていたものだ。父の頭の中が本棚に展開されている言って良い。立原道造や堀辰雄の全集があり、中央公論の「日本の詩歌」が並んでいる。中村真一郎や杉浦明平の著作、杉山平一など四季派と縁の深い詩人の詩集が山ほどある。

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手拍子も掛け声も買ふ酉の市

11月12日は酉の市だった。起源は、日本武尊(やまとたける)に遡る。東征の戦勝を鷲神社に感謝して参拝したという故事による。現在では商売繁盛を願うお祭りだ。東京で一番有名なのは、浅草の鷲神社だろう。狭い境内に縁起物の熊手を売る露店が立ち並び、威勢のよい掛け声が飛び交う。酉の市が催される神社は都内に三十ヶ所以上あるが、今回は新宿の花園神社に出かけた。靖国通り沿いから所狭しと露店が並んでいる。焼きそばやベビーカステラ、チョコバナ、焼き鳥なんでもござれだ。境内に入ると十段もありそうな提灯が張り巡らされ、参拝の人の列が続いている。縁起物の熊手を売る露店は60店舗もあるだろうか。