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俳句フォトエッセイ

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立冬やいつの間にかの北綾瀬

三郷に向かう途中だった。いつものように明治神宮前からメトロ千代田線に乗った。このまま行けば、乗換駅の新松戸まで行くはずだ。ところが、突然の車内アナウンス。「次は北綾瀬」北綾瀬行きの千代田線があるとはびっくりした。北綾瀬は足立区だ。ぼくが最初に勤めたのも足立区だった。江北小学校という歴史の古い学校だった。降りるバス停は「荒川土手」まだ高速道路ができる前のことだ。江北橋のたもとあたりである。当時の足立区の南北に走る鉄道は、東武伊勢崎線だけだった。今は、舎人までモノレールが通り、筑波エキスプレスもある。それに千代田線の北綾瀬までの延伸。大分便利になった。

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蒼天に渦を巻きたる秋の雲

妻がお世話になっているグループホームの前である。既に4年が過ぎた。ぼくはこの土地を200回以上見続けてきたことになる。最初は畑でかなりの部分で作物が作られていた。昨年はキャベツが二畝植えられていたが、収穫されずに菜花の茎が伸び放題になっていた。その土地を半分売ったらしい。白い膜が張られ、工事が始まったようだ。住宅かマンションだ建つ気配が強い。大きなクレーンが入っているのを見ればマンションの公算の方が高いだろう。それにしても久しぶりの秋らしい空だ。湿度が下がったということだ。空の奥まで見通せるかのようだ。空に見える雲は、おそらく巻雲だろう。

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凄まじき昭和の香り十三夜

東京の街はどんどん変わっていく。にも関わらず、各所に昭和という場所が残されている。例えば谷中が人気があるのもそうした理由があるのかもしれない。さて、十三夜である。「十三夜」は、中秋の名月の次の月、陰暦で言えば9月13日の月を指す。別名を「栗名月」「豆名月」「後の月」などと言う。十五夜は中国から伝わった習慣だが、この「十三夜」は日本独自の風習だそうだ。平安時代からの風習で、栄花物語に宇多法王が月見の宴を開いたという記述があり、これが最初だという。直に当たったわけではないので本当のところはわからない。さらに次の月の十日の月(とうかんやのつき)と言うのもあるらしい。

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豊潤に時代を超ゆる秋の薔薇

雨が止んだら、急に薔薇の花を見たくなった。薔薇と言えば、旧古河庭園だ。11月7日まで「秋のバラフェスティバル」が開かれているはずだ。早速出かけた。旧古河庭園は、石造りの洋館と西洋庭園の薔薇の対比が見事だ。洋館の設計者はイギリス人のジョサイア・コンドル。鹿鳴館やニコライ堂などを手掛けた人物である。庭園には、約100種、200株の薔薇が咲き乱れていた。正に色とりどりだか「万葉」とか「初恋」など和名の薔薇も見られる。薔薇の歴史は古い。古代エジプトではクレオパトラが薔薇の香油を愛用したとされている。中世イングランドの薔薇戦争は西洋史の教科書にも出てくる。

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東京の真ん中にゐて杜鵑草(ほととぎす)

豊島区の目白庭園に出掛けた。住宅地の真ん中にあるこの公園は1990年に作られ日本庭園である。それほど広くはないが(と言っても千坪近くある)池あり、滝ありでなかなか風趣に富んだ庭園だ。西武線の線路脇に位置しているのに、電車の音は気にならない。近くには、鈴木三重吉が起こした「赤い鳥社」の跡地があり、説明板が立っていた。目白庭園の入園料は無料。池の端に建つ六角浮見堂に座り、色づき始めた樹々を眺めると都心にいることを忘れる。結婚式の前撮り写真であろうか、白無垢や打掛を着た花嫁さんの姿が眩しい。七五三の記念写真を写している親子もいる。野草園と示された一角には、秋明菊や杜鵑草が花をつけていた。

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仮装して一日遅れのハロウィーン

10月31日はハロウィンだった。大雨だったが例の渋谷はどうだったのだろう。明けて、11月1日。感泣亭で「木々の詩」の会合があった。突然「ハロウィンをやろう」という話になり、仮装が始まったというわけだ。一日遅れのハロウィンである。ぼくも仲間に加わった。「木々の詩」とは、不登校の親の会の竹内先生が中心になって始められた会で、親と子がのんびり、ゆるく過ごそうという会である。コロナの前から毎月一回のペースで続いている。当時小学校低学年だったSさんは中学生になり、高校生だったKさんは既に成人である。感泣亭で過ごすだけでなく、一緒にカラオケに行ったりコンサートを共にしたこともある。

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総身に金木犀を浴びに行く

金木犀の季節である。例年より若干遅い気がする。金木犀の開花期間は結構短い。せいぜい1週間から10日前後ではないか。それに雨が降るとたちまち散ってしまう。朝起きたら、木の下がオレンジに染まっていたということも度々である。ぼくは金木犀のオレンジ色に惹かれるが、一般的には「香り」の花として認識されているのではないだろうか。後藤比奈夫に木犀の匂ひの中ですれ違ふがある。やはり匂いだ。梔子(くちなし)や沈丁花、ジャスミンなども強い香りを持つ。子どもの時から鼻が悪いぼくでも、これらの匂いは区別がつく。中でも梔子の甘い香りにはうっとりする。渡哲也の「くちなしの花」の歌も大好きだ。

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こだまする幼子(おさなご)の声秋日和

天候が回復し、日がさしてきた。病院に行ったついでに、久しぶりに中原平和公園に足を向けた。ここには妻とよく来た。2020年、新型コロナウイルスが流行った年だ。3月に入り学校が休校になった。教育委員会に所属していたぼくも、自宅待機となった。確か、それが5月の終わりまで続いた。もしかしたら毎日のように、ぼくらはこの公園に来ていたかもしれない。家から適当な距離だし、広くて気持ち良い。運動にもなる。コロナの感染の危険も少ない。「密を避けろ」と盛んに言われていた頃だ。ぼくはこの公園の花壇に咲いている草花を見て生きるとは密になること姫女苑と詠んだ。この公園はかつては米軍の印刷工場だった。

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丁張(ちょうはり)の未だそのまま秋黴雨(あきついり)

丁張とは建築の用語で、家を建てる際の施工の基準作りのようなものである。秋黴雨は秋の長雨のこと。今年はどうやら梅雨の時期より雨が多かったようだ。この写真の土地には、昔祖父母が住んでいた。向こう側には、従兄弟の家があり(今はいない)、我が家は写真の右の奥に小さく写って居る。つまり、親類で寄り集まって住んでいたのだ。祖父は内科の医者で、戦後ここに開業した。戦前は朝鮮の羅南で病院長を務めていたが、内地に戻り目黒区の鷹番で結構羽振りがよかったらしい。太平洋戦争の末期、空襲が激しくなると二束三文で屋敷を売って、島根の益田に疎開した。ここは祖父の生まれ故郷であるが、ぼくは行ったことがない。

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気がつけば芭蕉の池の秋深む

久しぶりに江東区森下にある芭蕉記念館を訪れた。第24回深川芭蕉小中学生俳句大会の表彰式のためである。ぼくはこの大会に3回目から関わり、選考委員を仰せつかっている。ぼくの他、選考委員は堀本裕樹先生と藺草慶子先生。お二人とも俳句界を背負って立つ大俳人である。三人の共通項は、いずれも江東区の小中学生に向けて俳句の授業をした経験者だということだ。この日は大きな賞を受けた10人の小中学生とその保護者が出席した。来賓として大久保江東区長や本多教育長も見えられた。