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俳句フォトエッセイ

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うずくまり猫の尻尾の日向ぼこ 

何の写真か、これだけではさっぱり分からないだろう。これは猫のお尻と尻尾なのだ。エアコンの室外機の上にうずくまっている猫の影が障子に映っている様子だ。ぼくは猫を飼ったことはないが従姉妹が飼っていた。まるまると太った猫で戸口の脇の猫専用の出入り口を使っていた。顎の下を撫ででやるとゴロニャンとして可愛かった。猫の先祖はリビアヤマネコである。およそ一万年ほど前からネコはニンゲンと親しくなった。農耕が始まり、人間の周りにネズミが増えた。そのネズミを狙って、ネコが集まってきたという訳だ。こうして、ネズミを介して猫と人間、お互い、持ちつ持たれつの関係が生まれた。猫と人間は対等なのである。

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酉の市所狭しと福の札

今年は11月11日と24日が酉の市である。酉の市というと浅草鷲神社と相場が決まっているが、実は都内だけで30箇所以上で酉の市が行われる。ぼくは、かつて江東区に住んでいたので、富岡八幡宮に行くことが多かった。今年は新宿の花園神社にでかけることにした。ここは規模が大きい。出店の数は圧倒的だ。靖国通り沿いは全て屋台に占められている。熊手を売る店は60店舗程。それぞれの店に番号が振られている。毎年、同じ店が同じ場所に店を出すのだ。各店には、すでに今年買いに来るはずの客の名札が用意されている。一度縁ができたら永久に?その絆は保たれる。

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賑はひのワインパーティ冬うらら

心配したが、良い天気になった。今日はワインパーティだ。昨年に続いて、2回目である。グラスとワイン40本は用意してある。昨年は40人の参加でワインの消費は27本だった。これに史ちゃんの美味しいおつまみがつく。とにかくしこたま飲んでおしゃべりして、3時間楽しく過ごしていただければありがたい。ぼくは酒は飲めない。ワインもからきしダメである。なのに、なぜワインパーティを企画したか!それはひとえに会津ワイナリーの横山さんとの縁に依る。話は、ぼくの八名川小時代に遡る。竹中工務店の本社が江東区の東陽町に移転してきた。当時横山さんは竹中の幹部で地域対策を任されていたようだ。

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神の旅仲代達也の死の知らせ

仲代達也が死んだ。ギョロリとして目玉が印象的だった。黒澤明監督の「乱」で主役を務めたが、この映画、ぼくは見ていない。ぼくにとっての仲代達也は山崎豊子原作の映画「金環蝕」や「華麗なる一族」である。大河ドラマで足利尊氏を演じているが、これもあまりに記憶にない。演技は全く覚えていないが、例の目玉のギョロリだけが残っている。子供の頃の役者と言えば中村錦之助だった。高校になって出会った役者は滝澤修。劇団民藝の「夜明け前」の演技は今も脳裏に残っている。宇野重吉も良かったが、何となく軽い感じがした。どちらかと言うと、渋い役者が好きだ。代表格で言えば三國連太郎だ。山村聰ではマイルド過ぎる。

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短日の同窓会の紙コップ

数週間前に小学校時代のクラスメートのTから電話があった。「クラス会をするから来いよ」という誘いだった。数年前、「クラス会は今回で終わりにする」とされていた。しかし、仲の良い数人で時々会っていたらしい。そして今回は「またみんなを集めよう」という話になり、ぼくにも連絡が来たというわけだ。集まったのは10人だった。50人以上いたクラスだ。10人が多いか少ないかはわからないが、何となく懐かしい。皆が持ち寄った食べ物でテーブルの上はいっぱいである。常連のMがいない。「どうしたんだ」と聞くと「死んだ」という答え。クラスで人気者だったIもKも既にこの世にはいなかった。生きて集まっている奴も結構大変だ。

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冬ざるる朝の歯医者の待合室

今日の朝は寒い。空は曇っている。冬の空だ。朝一番で歯医者に行った。今日は一本歯が入る。子供の時から歯医者には恐怖感がある。歯を何本も抜かれた恐怖が残っているのかもしれない。先日も「あなたは型を取るとウェーとなるからねぇ」と笑われてしまったが、意気地がないのだ。緊張がそのまま顔に出るらしい。恐怖や困難、痛みや気持ち悪さにどう対処できるかは、生きる力そのものだ。10年以上前だが、大腸にポリープがあって切除したことがある。その下剤が飲めなかった。普通の人が日帰りで済むところを病院に二泊した。意気地がないのだ。今まで生きてきたのは運としか言いようがない。ぼくにはもう一つ重大な弱点がある。

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入り組んだ路地の奥なる紅葉かな

東京には良い庭園がたくさんある。豊島区立目白庭園もその一つだ。 JR山手線目白駅から歩いて五分ほど、閑静な住宅街の奥にある。白壁の長屋門を潜るとそこは別世界の趣だ。大きな池を中心にした池泉回遊式庭園で滝の音が響く。池には、青鷺が一羽銅像のように動かない。緋鯉は優雅に泳いでいる。大名か旗本の屋敷跡かと思ったらそうではない。1990年に豊島区が新たに作った日本庭園というから驚きである。四季を通して草花に触れられるよう、様々な植物が植えられている。山野草エリアでは杜鵑草(ほととぎす)や沙参(しゃじん)等珍しい花にも出会うことができた。園内には「赤鳥庵」という茶室がある。

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色も線も闊達灯火親しめり

練馬まで「匠と誉の二人展」に出かけた。匠とは、西田匠くんのことで、誉は匠くんのお母さんである。誉さんは、妻の邦子と同じ職場で仕事をしていた。妻が最も信頼を寄せていた方の一人だ。匠くんのことは我が家でも度々、話題に上った。感泣亭においで下さったこともある。その匠くんは今19歳になる。匠くんは、小さい時からアトリエグループフルーツに通い、絵を描き続けてきた。作品の一つが写真の絵である。その匠くんに触発されて、お母さんも絵を描き始め、実現したのがこの「二人展」だ。会場でお母さんと話をしていると、そこに匠くんがお父さんやお祖母ちゃんと一緒に現れた。

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神無月お大師さまのさらし飴

川崎大師の表参道・仲見世の入り口に店を構えているのが、松屋総本店や評判堂である。両方とも「飴(あめ)」の店だ。中でも「咳止(せきどめ)飴」が有名だ。厄よけで知られる川崎大師は、正月には多くの初詣客が訪れる。昨年は10年に1度の「大開帳奉修(だいかいちょうほうしゅう)」で、特別な赤札が授与された。私もそれが欲しくて参詣したが、並ぶ人の列に恐れをなして、すごすごと退散した。川崎大師の歴史は古い。創建は1128年というから、900年近く昔だ。武士の平間兼乗(ひらまかねのり)が空海の木像を見つけたことが始まりだそうだ。正式名称の「平間寺」も、ここから来ている。江戸時代になって、川崎大師は大いに栄えた。

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立冬のトーテムポールの顔に皺

神保町の有名な喫茶店「さぼうる」である。今や観光地化の様相も感じられるが、若いカップルで賑わっている。開店したのは1955年というから70年前だ。その当時からこのトーテムポールがあったかどうかは定かではないが、さぼうるの象徴的な存在である。若い時は、休日となると神保町に出かけ、本屋を漁り喫茶店で本を読むのが日課のようになっていた。本を買うのは「書泉グランデ」と決まっていた。一つは教育関係図書が充実していたことだ。雑誌も揃っていた。もう一つの理由は「栞」である。毎月変わった形の栞をおまけにくれたからだ。ブックカバーにもセンスが感じられた。