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俳句フォトエッセイ

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花の夢『俺の細道』てふ句集

季語「花の夢」は集中よりとったが、この句集はぼくにとっては夢物語だという意味である。句集『俺の細道』の著者、藤英樹さんは元東京新聞の記者で、歌舞伎など古典芸能の専門家だ。現在は長谷川櫂氏が主宰する「季語と歳時記の会」の機関誌「きごさい」の編集長もされている。句集の名前から想像できるようにこの句集は芭蕉の奥の細道に因んだ句集だ。ところが、尋常ではない。芭蕉の歩んだ全行程を全て徒歩でそのまま辿ったというのだ。所々歩く人はよくいるが、全行程踏破した俳人は林誠司さんの他知らない。最初の句は草餅をたうべて矢立初めかな気負いがないが、さぁやるぞという気分が伝わってくる。

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夜の秋本屋は何でもマーケット

「夜の秋」とはよく言ったものだ。風があると夜はそれなりに涼しい。高浜虚子に「夜の秋を感ずる肩のあたりかな」の句がある。先日、用事があって川崎駅にある本屋、有隣堂に行った。大きな本屋の中を歩くのは久しぶりだ。驚いた。本屋だから商品の大部分は「書籍」であることに違いはない。しかし、それだけではない。入口の辺りには「香り」のコーナーがあり、各種のお香が並べられていた。写真の左下にあるのは万年筆だ。右上のビジネス書の棚にかかっているのはペンケースとスタンプである。バッグや小物入れまで売っている。レジの前にはビスケットやピーナッツまであった。

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旧友の顔を探しに盆踊

八名川連合町会の主催する恒例の盆踊りだ。7月31日から8月2日まで。その最終日。打上げ近くになってお邪魔した。ぼくにとっては15年ぶりのことだ。実は近くの芭蕉記念館で「親子俳句教室」のイベントがあった。この日は、学校俳句研究会の仲間が10人も参加して、みんなで俳句作りを楽しんだ。大変好評だった。「先生方のサポートのおかげで、子どもも気負うことなく素直に表現できて良かった」という感想も。夜はナイトミュージアムというイベントがあり、普段は入れない芭蕉展望公園に向かった。隅田川を向いてライトアップされている芭蕉像をしげしげと眺めた。八名川小学校に赴任した20年前の盆踊り。踊る子どもの数が少なかった。

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やはらかき緑求めて甲斐信濃

海より山が好きだ。山と言うより、樹間と言った方が良い。ハンモックを吊って昼寝をするというイメージである。夏休みの家族の旅行は、どうしても山の方に向かった。八ヶ岳の周辺、蓼科、車山高原辺りが多かった。子どもを連れて赤岳に登ったこともある。確か美濃戸口に車を置いて登ったのだと思う。山頂の御来光は実に美しかった。富士山が雲の上に見えた。この時、乗っていた車はホンダのシビックのシャトルという車種だった。その当時は珍しいバンのような乗用車で、後部座席を折り畳むとスペースができた。そのスペースで子どもを寝かせたり、遊ばせたりできたので都合が良かった。(今では不可能だろう)帰路に事件が起きた。

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日傘差す男の見栄は横に置く

暑い日が続く。毎日35℃とは、異常に違いない。かつては「夕立」というのがあった。一雨ざあーと降って、やむと涼しくなり、虹が掛かったりした。30℃位だと「夕立」ぐらいのエネルギーなのだが、35℃になるとエネルギーが桁違いで、集中豪雨並みになるという天気予報士の解説を聞いて腑に落ちた。日傘もかつては装飾品の域だった。日焼けを防ぐためのご婦人の身だしなみに過ぎなかった。レースをあしらった「白日傘」など優雅なものだ。印象として言えば、クロード•モネの「日傘をさす女」である。「日傘は女がさすモノ」という観念がぼくの頭の中に染み付いていた。

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エイエイオー夏休み基地始まりぬ

この写真の何処かにぼくも写っているはずだ。結構な催しである。川崎市幸市民館主催の「第5回さいわい夏休み基地2025」が今から始まるところである。写真に写っているのは、そのスタッフだ。川崎市には、7つの区がある。実務的な行政区だが、ある程度の独立性をもって様々な活動をしている。連絡があったのは3ヶ月ほど前だっただろうか。担当のSさんから「協力願えないか」という連絡をいただいた。基本的には断らない主義なので、ひょいひょいと話に乗った。夏休みの自由研究の足しになるものということなので、「世界に一冊の自分だけの俳句集を作ろう」をキャッチコピーにした。

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風死すや二階に無料喫煙所

神保町の裏通り、お茶の水小学校の近くだ。御茶ノ水小学校の前身、錦華小学校は夏目漱石が学んだ学校だ。一画に「吾輩は猫である。名前はまだ無い。明治十一年夏目漱石錦華に学ぶ」と刻んだ碑がある。ふと見上げると蕎麦屋の2階にあるのは、無料喫煙所だった。ぼくは、煙草は吸わない。誰でも同じだろうが、未成年の時には格好をつけて煙草を燻らせたことはある。しかし、煙をしっかり肺の奥まで吸い込む勇気がなかった。それが良かったのか、喫煙という習慣をぼくは持たない。その後、幸か不幸か「肺結核」と病気にかかったために今に至るまで煙草に縁がない。就職した1970年代は喫煙社会であった。

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一瞬に雲の消へゆく炎暑かな

毎日「暑い!暑い!」と言いながら過ごしている。正に炎暑だ。空には雲すらない。思い出したのは15年前のことだ。ある日突然、大学時代の友人から電話があった。「モンゴルに行かないか」という誘いだった。この機会を逃したら、一生モンゴル行くことはないだろう。そう考えて、「行くよ」と即答した。ぼくにとっては、人生で2度目の海外旅行だった。同行は、医者のOさんと放射線技師のIさん、それにぼくである。ウランバートルには旅行社のKさんが迎えに来てくれた。Kさんは先日天皇陛下がモンゴルをご訪問された際に陛下と対談されたらしい。モンゴル旅行はぼくに強烈な印象を与えた。

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緑陰を街に広げる本屋かな

JR南武線の鹿島田駅に直結する北野書店。社長の北野晋太朗さんにお目にかかった。驚いたのはその若さだ。弱冠23歳。療養中の父を助け、社長の大役を務めているという。私の住んでいる元住吉では昨年、町の本屋が姿を消した。全国的に見れば、この20年間に書店の数は半減している。川崎市内でも、中小規模の書店が次々と店を閉じている。寂しい限りだ。本屋がなくなることは、文化の火が消えることに通じる。時代の趨勢(すうせい)とはいえ、看過できない。北野書店も店頭販売だけでは厳しい状況だが、前向きな姿勢は崩さない。地域にある川崎総合科学高校と協力して、この冬に店舗をリニューアルする予定だ。

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炎天の木漏れ日と化す光則寺

光則寺は、鎌倉市長谷にある日蓮宗のお寺だ。紫陽花で有名な長谷寺の少し北に位置する。創建は13世紀後半。日蓮が「立正安国論」を幕府に献上した場所とされている。本堂の前には高さ3メートルにもなる立正安国論を刻んだ石碑がある。日蓮の高弟日朗を閉じ込めた石牢が今も残っている。江ノ電の長谷駅は観光客でごった返していた。歩道を歩けないほどの混雑だ。外国人の姿も多い。しかし、ここは静かだ。観光客は一人もいない。入場料の100円を払い、見事な丹色の門を潜ると極楽浄土のような別世界が広がっている。紅色の蓮の花が出迎え、蝉の声が響く。本堂を遠巻きにして蝉時雨正見光則寺は花の寺と言われている。