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俳句フォトエッセイ

俳句フォトエッセイ

写真とは光の記憶梅雨明くる

目から鱗の写真講座だった。「写真とは光を捉えること」そんな風に考えたことは一度もなかった。第一回俳句フォトの会例会。講師の写真家加賀美光一さんが、教材として持ってきてくれたのが、写真のグラスだ。光が捉えられるのか!加賀美さんとは八名川小学校で出会った。子どもたちの卒業写真などを撮っていただいた。その写真の出来が並ではない。一人一人の子どもが輝いている。彼は風景から商業写真までの分野で幅広く活躍し、あるコンクールでは審査員をも務められている。その技術の一端を教えていただくのが、今回の企画の意図である。スマートフォンのカメラの特徴と使い方についても教えていただいた。

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荒梅雨の路地の裏なる傘傾げ

「七の会」。何年ぶりだろう。前回がいつだったのか思い出せない。コロナの前だったことは確かだ。「七の会」とは、校長任用前研修第七班のメンバーの親交会の名称である。つまり、同期会なのだ。何の工夫もない名前だが、思い出は深い。地域も年齢も異なる6人だったが、毎年のように集まり、情報交換をしてきた。会場は新宿の路地の奥の居酒屋だ。メンバーの一人T先生は八丈島の小学校の校長になった。あっという間に島に溶け込み、生き生きと島での優雅な生活を話してくれた。メンバー全員で八丈島の彼の学校を訪ねたこともある。アガパンサスという花の名を初めて知った。

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FADOの音の物悲しさや戻り梅雨

昨晩は猛烈な雨だった。一瞬にして梅雨空が戻ってきた。ところで、FADOという音楽をご存知のだろうか。10年以上前のことだが、ちあきなおみに魅せられ時期があった。図書館でちあきなおみのCDを全部借りて聴いた。その中に「待夢」というアルバムがあった。これがFADOのアルバムだった。「霧笛」や「秘恋」などの楽曲は、ぼくの胸に深く入り込んできた。何度繰り返して聴いたかわからないほどだ。演歌以上に演歌だと感じた。FADOは、元々ポルトガルの伝統歌謡である。FADOは、ポルトガル語で「運命」を表す言葉らしい。哀調を帯びた曲調にぼくが反応してのだろう。

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ざばざばと冷やし中華の出来上がり

究極の個人情報だが、ぼくには糖尿病の持病がある。家系だ。祖父は、糖尿病で死んだと子供の頃に聞かされた。糖尿病そのものでは死ぬわけはないから、おそらく合併症だろう。父も糖尿病だった。コーヒーにはサッカリンを入れて飲んでいた。70歳前後から目が悪くなり、天眼鏡を使って本を読んでいた。テレビを観ることも辛かったのか、ラジオばかり聴いていた。ぼくの場合、それと比べればかなりましだ。明確な合併症はまだ出ていない。しかし昨年、糖尿病を測る数値として用いられるヘモグロビンA1cの値が8を超え9に近づいた。危険信号だ。今年の初め、他の事情も重なって病院を自宅の近くの関東労災病院に変えることにした。

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暑き日を落として海の観覧車

暑き日を海に入れたり最上川という有名な句が芭蕉にある。比ぶべきもないが、写真と合わせ技にすると少しは涼感が伝わるのではないか。この観覧車は、1990年に開業したみなとみらいの遊園地コスモワールドにある。元々は、横浜博で設置されたものだが、ここに移設されたらしい。夜になるとライトアップされ美しい。ここの遊園地には、確かジェットコースターもあったはずだ。左側の羽を広げたかのような建物はヨコハマインターコンチネンタルホテルである。開業は35年ほど前だが、ヨットの帆を模したおしゃれなホテルだ。みなとみらい地区の再開発のシンボル的存在だろう。何度か泊まったことがある。

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始まりも終わりも緑七変化

我が家の紫陽花は頭をちょん切ってしまった。もし、花をつけたままにしておいたら、写真のような緑に戻るのであろうか。紫陽花の花は実は花弁ではなく萼であり散らないと以前に書いた。次第に鈍色になり、色を失っていく。そのことは、よく観察し認識していた。しかし、この枯れた紫陽花の色は何となく咲き始めの紫陽花に似てはいないだろうか。紫陽花の異名に「七変化」がある。紫陽花は土壌の性質によって色が変わる。確か、酸性だと青になり、アルカリ性だと赤になるはずだ。「七変化」とはこの色の変化を指すものとばかり思っていた。がそればかりではない。薄緑の「花」に色がつき、そしてまた緑に戻る。その過程も「七変化」なのだ。

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「国境の花屋」の舞台涼しかり

文法的に言えば、この「涼しかり」という使い方は、誤りのようだ。しかし、石川啄木に「かくかくに渋民村は恋しかり/おもいでの山/おもいでの川」があり、このことについて、俳人の仁平勝は通じたのだからいいじゃないかと開き直り、山本健吉の「学者より詩人が母国語の法則を直感的に把握している」という言葉を引いている。もっとも、ぼくの場合は苦し紛れに使っているだけだが(笑)「国境の花屋」は、劇団遊戯により、7月4日〜6日まで神奈川青少年センターで行われている演劇公演である。主演で花屋の主人を演じるわたなべひろみさんからご案内をいただき、初日の舞台を観に行ったというわけである。

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ごみ拾ふ明日は七夕星祭

朝の元住吉ブレーメン通りに出たら、青年がごみ拾いをしていた。緑の腕章に「防犯」という文字。どこの団体だろう?手に持ったビニール袋にはそれなりにごみが入っている。通りはきれいだと思っていたが、結構ごみがあるものだ。また一人、また一人と緑の腕章の人がいる。その先にいたのが写真のこの人。ブレーメン商店街を守る白い鎧の騎士ブレストである。ブレーメン商店街の守り神である。しかし、意外に歴史は浅く、一昨年の10月に初めてお披露目されたばかりだ。この暑い中、鎧を纏っての清掃活動は誠にご苦労様と言いたい。「街がきれい」というのは、文化だろう。

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深川の奥の深さや鰻食む

鰻は大好物だ。先日はわざわざ三島まで出掛けて鰻を食べた。ぼくは、長いこと墨田区の業平橋に住んでいた。鰻を食べによく浅草に出かけた。仁丹塔の近くの「やっ古」や雷門2丁目の「初小川」にはよく通った。昔は今ほど鰻は高価な食べ物ではなかった。先日と言っても昨年だが、友人と隅田川沿いの前川に行った。前川は鰻屋として老舗中の老舗で200年以上の歴史を持つ。隅田川の景色を眺めながらの鰻は最高だったが、目の玉が飛び出るくらい高かった。子供が小さい時は、時々鰻を出前でとった。当時は、カツ丼とそれほど値段は変わらなかった。鰻禅という店で今は人気店になっているようだ。

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炎天にご利益を呼ぶ傘の列

実にカラフルな和傘である。最近は「白日傘」ばかりだが、こんな和傘が街に広がったら楽しくなるのではあるまいか。ここは、会津美里町の中田観音である。会津ワイナリーの企画した「俳句フォトとワインの夕べ」の第一ラウンドである。中田観音は、今回の宿舎である「新鶴温泉んだ」の近くにある。この観音様は、野口英世の母シカが毎月猪苗代から毎月夜通し歩いて参詣する「月詣り」を欠かさなかったということで有名でもある。境内には「抱きつき柱」がある。ぼくも抱きついてみたのだか、「抱きつく」という行為には、なんとも言えぬ安心感が伴う。