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俳句フォトエッセイ

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熾烈なる烏鷺の戦ひ夜の秋

「烏鷺の戦ひ」とは、囲碁のことである。烏が黒、鷺が白を表すというわけだ。この勝負、ぼくが黒で有利に戦いを進めていたが、中央の黒が切られ風雲急を告げた。相手のTさんが間違えてくれたので勝ちを拾った。Tさんとは毎月一回碁を打っている。もう15年以上続いているのではないか。最初は錦糸町だった。教職員互助会のサロンがあったからだ。その後はいくつかの碁会所を転々とし、新橋に落ち着いた。今は市ヶ谷である。最初はぼくのほうが強かった。ところがTさんがぐんぐん腕を上げ、一時は追い越された。今は勝ったり負けたり、丁度良い勝負を繰り返してる。先月は勝てる勝負だったが、最後の一手で見損じをして逆転された。

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炎天を彷徨ひ歩く午後一時

暑い日が続く。しかし、一時より体は軽い。湿気が抜けたからであろうか。今日は、西加瀬こども文化センターでの俳句教室がある。地元川崎市での依頼はできるだけ受けたいと思っている。最初「こぶんでお願いします」と言われ、何のことかわからなかった。「こぶん」と聞いて「古文」が頭に浮かんだ。話を聞きながらようやく「こぶん」が「こども文化センター」の略称だとわかった。12時半には家を出た。西加瀬文化センターは、駅からは遠く少々わかりにくい場所にある。と言うより、場所の確認すらしていなかった。「いざとなればタクシーで行けば良い」とたかを括っていたからだ。家を出て、Googleマップで行き方を調べてみた。

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炎天をタウンニュースの駆けて行く

暑い。正に大暑である。昨日は、月一回の「salon de 感泣亭」の日だった。「salon de 感泣亭」が始まったのは2023年の春であるから、すでに2年半近くなる。ワンコインで最高級のハーブティと手作りのお菓子がいただけて、ゆっくり談笑ができる。受けようと思えば、土井先生の書の手ほどきやカーピング、香り作りの体験もできる。同時に気功呼吸法の教室も行われている。ぼくが言うのもおかしいが、考えてみれば結構贅沢な空間である。予約も何もいらないが、待つ側からすると不安でもある。「今日は誰も来ないかもしれない」からだ。今までは毎回盛況だったが、この暑さだ。

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パリ祭の夜を熱くす手風琴

手風琴とは、アコーディオンのことだ。昨日は、映画「国宝」を観たが、今日は新宿歌舞伎町のライブハウスでのシャンソンの夕べである。知り合いと言っても、ぼくよりずっとずっとずっと若い人なのだが、ライブをすると言うので、応援を兼ねて楽しませてもらいに行った。「まだない。」という句点付きの面白い名前のシャンソンのユニットだ。ボーカルはめぐみういさん。そして知り合いはアコーディオンの宇野澤悠里君である。長髪の格好いい男だ。プロだから当たり前だが、アコーディオンはめっちゃ上手い。見て、聴いて、音に安心感がある。音が自信に満ちているのだ。おかげで安心して楽しめた。考えると、のど自慢の伴奏もアコーディオンだ。

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生き様を手に汗握る芸の道

話題の映画「国宝」を見に行った。川崎ラゾーナの五階にある109シネマズ川崎である。10ものスクリーンを持つシネマコンプレックスだ。上映は朝10時半からというのにほぼ満席だった。この映画は「悪人」「怒り」に続いて、吉田修一の原作を李相日監督が映画化したものである。任侠の家に生まれた橘喜久雄の歌舞伎役者としての生き様を描いたものだが、喜久雄に吉沢亮、相手役に横浜流星を起用し、渡辺謙や寺島しのぶなどが脇を固める。ドラマの筋よりも、歌舞伎の美しさを余すところなく表現する映像に度肝を抜かれた。古い歌舞伎座の頃だが、ぼくは毎月のように歌舞伎に通ったことがある。

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炎熱やガラスに溶けるブレーメン

何とも奇妙な写真である。ガラスの向こう側にブレーメン通りが映り込んでいる。先日、俳句フォトの第一回例会で、講師の写真家加賀美光一さんから、写真は光を捉えることだと教わり、ガラスの反射が面白いと言うお話をいただいた。場所は元住吉の駅前の果実店である。この店はぼくの子供の時から既に存在する。斜め前には高林果実店があり、昔から競っていた印象がある。店頭が可愛らしくデコレーションしてあるので、つい撮ってみる気になったのだ。その結果が思いもかけずの反射効果で、おとぎの国ののようになった。かつてUFOの写真が出回ってことを覚えているだろうか。本物か偽物かを巡って大論争になった。

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大川や夏を呼び込む雲数多

いよいよ関東地方も梅雨明けとなった。昨日誘われて、大川端を散歩した。久しぶりだ。暑いが、それでも独特の川風が気持ちいい。かつて河岸に「餌とも」さんというお店があった。その名の通り、釣りの餌を売る店だ。堤防ができる前はすぐ土手に出て釣りが楽しめたらしい。それほど古い店だが、ぼくが八名川小学校に勤務していた20年前にもまだ営業を続けていた。学校に鈴虫や蛍を届けてくれた事もあった。あの「餌とも」のおばちゃんは今も達者でいらっしゃるだろうか。江東区芭蕉記念館も大川沿いにある。芭蕉史跡展望公園からの隅田川の眺望は何度見ても見飽きない。大川と清洲橋の景観は見事である。

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梅雨明を今か今かと石畳

写真をよく見ると石畳の色が違うのがわかるだろうか。色の違う部分は、つい先日掘り返して工事をしていた箇所である。しかし、一日で元の石畳に戻っている。実はカッターで切れ目を入れて石畳調にしているのだ。丈夫だし、見た目も良い。ブレーメン通りがこの石畳に至るまでには紆余曲折があったが、ここでは省く。この道を通って、ぼくは駅へと向かい仕事に出かける。しかし、最近「老いた」と感じることがある。一つは歩行のスピードだ。ぼくは懸命に歩いているつもりなのに、隣のスマホを見ながら歩いている兄ちゃんに敵わない。若い女の子にもどんどん抜かされる。次は階段だ。

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緑陰を演出したるスクエアー

「先生の授業を若手に見せたいから」と都心•中央区の小学校の校長先生から電話があった。空いている日を調整して伺うことにした。校長のA先生とは浅からぬ縁がある。平成25年だったか26年だったか、江東区の越中島小学校に天皇皇后両陛下がお見えになったことがある。行幸啓という。「俳句の授業」を見たいということで、私も説明役として狩り出された。その時の陛下と一緒に写った写真は、今も我が家に飾られている。一番印象に残ったのは、美智子妃殿下の気配りである。さりげなく、周りの人々に声をかけ苦労を労う。これが陛下や皇室を支えているのだと思った。なぜ、越中島小学校だったのか。これから先は、ぼくの推理である。

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写真とは光の記憶梅雨明くる

目から鱗の写真講座だった。「写真とは光を捉えること」そんな風に考えたことは一度もなかった。第一回俳句フォトの会例会。講師の写真家加賀美光一さんが、教材として持ってきてくれたのが、写真のグラスだ。光が捉えられるのか!加賀美さんとは八名川小学校で出会った。子どもたちの卒業写真などを撮っていただいた。その写真の出来が並ではない。一人一人の子どもが輝いている。彼は風景から商業写真までの分野で幅広く活躍し、あるコンクールでは審査員をも務められている。その技術の一端を教えていただくのが、今回の企画の意図である。スマートフォンのカメラの特徴と使い方についても教えていただいた。