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俳句フォトエッセイ

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向日葵の東を向きて枯るるまで

向日葵がすでに大きな花を付けている。青山フラワーマーケットで売られている小さな向日葵は、本当に向日葵なんだろうか。マンションサイズの品種改良がなされているのだろう。犬と同じだ。可愛らしいが、あまり好きになれない。巨大な花をつけ、ぼくの身長を超すようなものでないと向日葵とは感じられない。向日葵は、お日様の方に顔を向けて回るから「ひまわり」という名があると信じられてきたが、それが違うことを『ヒマワリはなぜ東を向くか』(滝本敦著中公新書)という本で教えられた。その本を思い出して書けば、太陽の方を向くのは向日葵の大きな葉っぱである。光合成をするのだから当然と言えよう。花が一方を向くには理由がある。

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涼しげに並ぶインクの万華鏡

暑い!暑い!まるでもう梅雨が明けたかのようだ。これから9月までこの暑さが続くかと思うとうんざりする。今日の午前中は川崎市立住吉小学校の6年生の授業だった。日光の移動教室に行ってきたというので、その俳句も詠んだ。コンクールに出すかもしれないので、ここで紹介するのは控えるが、感性が光っている俳句が数多く生まれた。気分がいい。その足で神保町に向かった。尊敬する俳句の実に巧みな人に会うためだ。一緒に話していると自分も上手になるような気がするから不思議だ。目の付け所が違う。爪の垢を煎じて飲みたい気分になる。折角神保町に来たので、帰りに「BUNG BOX」に寄った。ぼくの愛用の万年筆を購入した店だ。

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夏の朝此処にもスタバ郡山

昨年に引き続いての会津での俳句フォトとワインの夕べに出かける、主催者の会津ワイナリー会の横山さんからは、東京駅7時40分発の「やまびこ」に乗車するように指示されていた。行く前日になって、ようやく大人の休日倶楽部パス19800円(ネットだと18800円)を購入した。これは、JR東日本管内なら、5日間新幹線も含め乗り放題、指定席も6回取れるという切符だ。旅行好きにはたまらない魅力だろう。年に数回、企画されているらしい。おそらく閑散期の集客の目玉なのだろう。ところが、7時40分のやまびこの指定が満席で取れない。自由席もあるが、不安もある。

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煌々と 夕焼けの海 広がりぬ

世の中には、海を見る穴場のような場所がある。たとえば江ノ電の鎌倉高校前駅が、それだ。ホームから見る七里ケ浜の光景には特別感がある。実は同じようなすてきな駅が、川崎のすぐ近くにある。JR鶴見線の終点、海芝浦駅だ。 1926(大正15)年に貨物専用として誕生した鶴見線は、今年で100年目を迎える。鶴見から海芝浦までは約10分。沿線には、JFEスチールの工場やヤマト運輸の物流センターなどの巨大な建物が立ち並び、電車は工業地帯の中を進んでいく。終点の海芝浦駅も、東芝グループでエネルギー事業を行う「東芝エネルギーシステムズ」の敷地内にある。だから、一般の人は駅から外に出ることはできない。

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見渡せば白日傘白日傘白日傘

西日本では、既に梅雨明けしたという。関東地方の梅雨明けも7月上旬が予想されるらしい。猛暑の夏がやってくる。最近は毎年猛暑が積み重なってくる。たまったものではないが、ぼくの記憶に残る猛暑は34年前だ。江東区の学校から港区の笄小学校に転勤して1年目だった。笄小学校の笄(こうがい)とはかんざしのことで、江戸時代は職人町だったのだろうと想像される。霞町の交差点の近くだ。秋元康の作詞でとんねるずが歌った「雨の西麻布」のど真ん中にあったのが笄小学校だ。足立、江東と下町を回ってきた自分としては、随分場違いな学校に来てしまったなと思った。ぼくは1年生を担任していた。この年が暑かった。

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紫陽花の断首の時の近づけり

まだまだ梅雨は続いているのに、紫陽花が枯れ始めている。これも地球温暖化、酷暑の影響である。紫陽花は、気温が一定以上になると枯れるらしい。先週一週間の暑さのせいに違いない。すっかり生気が失くなってきた。紫陽花は水を好む花だ。鉢植えの紫陽花に二日間水をあげなかったら、すっかり萎れてしまった。慌ててたっぶりの水で植木鉢を満たしら、次の日には復活したので、胸を撫でおろしたが、油断禁物だ。植物に詳しいAさんに「そろそろ花を切った方がいいわね。そうしたら来年も大きく咲くから」と言われた。どこを切れば良いかの図まで丁寧に書いて教えてくださった。首を切るのは忍びないが「泣いて馬謖を切る」しかない。

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地下通路煌々として梅雨湿り

屋根を打つ雨の音で朝4時に目が覚めた。雨漏りがないか気になった。もう一度寝たら、寝過ごしてしまった。今日は、立川国際高校附属小学校に授業に行く。今年で4年目だ。この学校は面白い。4年前は、1年生しかいなかった。年に1学年ずつ増えていき、今年は4年生までが在籍している。慌てて家を出る。どうにか間に合いそうだ。活気のある2年生だった。60分で20句も30句も詠む子がいて舌を巻いた。理解力が半端ない。最後に一番気に入った俳句を選び清書するのだが、どの子も自分の力で選ぶことができる。これにも感心した。最近は、自分で「選ぶ」ことのできない子が増えている。

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気に入りの本を持ち寄る梅雨の夜

もう一年以上前になるだろうか。イケメンの青年が感泣亭を訪ねてきた。「読書会をしたいのですが、会場を貸してくれませんか」今時、奇特な青年がいるものだ。それから毎月一回土曜日の夜に「読書会」が始まった。ルールは簡単である。参加者が自分の推薦する本を持ち寄り、それについて代わりばんこに語る。スルーして終ることもあるし、議論になることもある。ぼくには、このやり方は新鮮だった。読書は一人でするものと長い間思ってきたからだ。時に人に読んだ本を薦めることあったが、こうして皆で持ち寄ってその話をするという習慣はなかった。梅雨に入ったこの夜、急に参加できない人もいていつもより少人数だった。

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一本の電話線より夏つばめ

妻とグループホームで面会している最中に電話があった。Mからだ。Mとの付き合いは30年を越す。ぼくが港区の麻布小学校の教頭になった時に、Mは隣の学校の教頭だった。歳はぼくより1歳若いが、教頭としては先輩だった。どういうわけか気が合った。それに彼の奥さんとぼくは江東時代に一緒の学校に居て、同じ学年を組んでいたという縁もあった。地区の教頭会の仲間で、京都に旅行に行ったこともある。ザラメを敷いた関西風のすき焼きを一緒に食べた。金沢に行った時は、生の蟹にかじりついた。彼は、早く昇任し学校も移ったので10年以上疎遠だった。その彼と江東区でまた一緒になった。退職してからも、付き合いは続いた。