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俳句フォトエッセイ

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大花野展勿忘草(わすれなぐさ)の再び

大花野展は今日最終日を迎えた。天気予報では雨の予想である。今はまだ降っていない。お客さんを帰さない「遣らずの雨」になるのだろう(笑)スペースの前に置いてある甕に小さな青い花が咲いている。よく見たら勿忘草(わすれなぐさ)だ。去年の種から芽が出たのだ。昨年の4月17日にぼくは、この俳句フォトにどうしても勿忘草をおまえに正見を挙げた。ぼくが妻と初めて出逢ったのは19歳の時だった。それから紆余曲折があって結婚したのは5年後の24歳の時だった。その青春とも言える時期に流行ったのが芹洋子の「忘れな草をあなたに」だった。朝、YouTubeで探して聴いてみた。

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花おぼろ帽子を縁の出会ひかな

小林愛×小山正見の「大花野展」はいよいよ五日目、終盤戦に突入した。昨日は雨の予想だったが、展覧会が終わるまで天気が持ったので、大勢の方に来ていただけた。暇な時には喫茶店にコーヒーを飲みに行って気軽な1週間だと高を括っていたが、とんでもはっぷん。次から次へとお客さんが見えて、昼食を取る間もないほどだ。近所の方も多いが、遠くから来てくださる方、何十年ぶりかでお目にかかる方もいて実に嬉しい。一瞬のイベントだとなかなか都合が合わないが、期間が1週間あれば「ちょっと」という気にもなってもらえるのだろう。そういう意味では「展覧会」という企画は「出会い」を演出するにはなかなか適している。

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蜃楼(かひやぐら)勝者のあれば敗者あり

蜃楼(かひやぐら)とは聞き慣れない言葉だが、蜃気楼のことで本来ならば見えないものが見えたりする現象を指す。蜃は大蛤の意味で、中国で昔、大蛤が気を吐く現場と考えられたらしい。話は、元住吉ブレーメン通りのことである。昨日は地元スーパーの「えばらや」が新装オープンした。少し前にはモスバーガーがABCマートのあとにできた。新しい店ができて何か嬉しい。ハンバーガー屋と言えば、駅前にマクドナルドが、その先にフレッシュネスバーガーがある。ブレーメン通りには、数年前までは二つ競い合うようにあったが、両方とも撤退し、一つは歯医者にもう一つは町田商店という名前のラーメン屋になった。

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星の如闇を埋むる桜かな

夕飯を食べた後、散歩に出かけた。ようやく体調が元に戻ったということだ。3月の後半はとても歩く気力はなかった。風邪か花粉症かわからないが、微熱のような症状があり、体が重くだるかった。それがようやく抜けたようだ。くねくねした道を通り綱島街道まで出て、そこから戻るというのが基本コースだ。早足だと15分から20分。今日は、綱島街道を通り越して住吉桜の様子を見てきた。大分葉桜になっていた。花の塵が木の根元に吹き寄せられ、二ヶ領用水には花びらが流れていた。「次の日曜日まではもちそうにない」と思いながら、帰路についた。若い時は、ぼくの辞書に「歩く」という言葉はなかった。

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鉛筆の先から春のほどけ出す

今日から「大花野展」が元住吉の感泣亭で始まった。会期は4月13日(日)までである。「俳句から生まれた帽子」「帽子から生まれた俳句」小林愛さんと小山正見のコラボレーションである。「一点お洒落主義」のぼくの帽子は、すべて小林愛さんの手によるものだ。小林愛さんとの出会いは偶然だった。母が亡くなった年、妻と学芸大学に出かけた。昔からある「宮川」で鰻を食べるためだ。「宮川」は母と鰻を一緒に食べた思い出の店だ。ところがそこに「宮川」はなかった。がっかりして帰りかけたとき、近くの二階にお洒落な店を見つけた。古い木の階段を上って聞いた。「何の店ですか?」

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舞ひ初むる時を待ちたる桜かな

花冷のおかげで桜の花がもった。満開の桜も美しいが、その散る様はより美しいと感じる。勝ち誇る美よりも滅びゆく美の方が心に刺さるのだ。それは、人間は誰しも死ななければならないという運命と重なるからだろう。前に紹介したかもしれないが、本日は母の忌なれば花吹雪正見という句を詠んだ。父の生きている間の母は何処となくか弱い感じがしていた。しかし、実際には強い人だった。ぼくは両親と一緒に住むことを見越して、広めの住宅を購入した。しかし、その住宅に入ることなく、父は亡くなった。ぼくは母に「一緒に住もうか」と提案した。すると、母からは、「なぜ一緒に住まないといけないの。

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二ケ領用水さくらの壁のある如く

東京新聞川崎版4/6「小山正見のかわさき俳句フォト」です。本年度もよろしくお願いいたします。 https://www.tokyo-np.co.jp/article/396657 二ケ領用水さくらの壁のある如く冷たい雨がやみ、気温が上がった。たちまち桜が開花し、あっという間に満開になってしまった。宿河原の二ケ領用水沿いの桜並木は美しい。約300本のソメイヨシノが壁のごとくに空間を埋めている。ソメイヨシノは、接ぎ木で複製されたクローンである。同じ遺伝子を持つので、一斉に咲き一斉に散る。その美しさは、日本人の理想の桜に重なる。接ぎ木や挿し木で大量に栽培することができ、比較的安価。

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何処にも青春のあり仏の座

道端に紫色の花が群生していた。「何だろう?」と近寄って見たら「ホトケノザ」だった。この名前は、葉っぱの形が仏様の座る蓮の葉に似てることからである。何処にでもよく見る草だが紫の綺麗な花を意識したのは初めてだ。春の初めは黄色の花が多い。次に白や紫が現れる。紫はミツバチや花アブを惹きつける色だそうだ。あの地味なホトケノザにも一瞬の青春があるのだなぁと思った。昔、森田公一とトップギャランの「青春時代」という歌が流行った。「青春時代の真ん中は胸に棘刺すことばかり」という歌詞が心に残っている。余談だが、ぼくはこのグループの「アフリカの雪」という曲を気に入っていた。

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湯河原の四月三日の湯楽かな

次の日の2017年4月3日の写真を調べてみた。3枚だけあった。一枚はこの写真で後の2枚は、妻が朝食をとっている様子を撮ったものだった。「そうか湯楽という宿に泊まったのか」この宿は今でもある。地元野菜を使った創作イタリアンが売りだという。おそらくこの時の食事もイタリアンの創作料理だったのだろう。この写真は宿の人に撮ってもらったものだ。時刻は11時07分とある。チェックアウトのぎりぎりまで宿にいたことがわかる。歩き回った記憶はないので、すぐに東京に戻ったのかもしれない。旅行に行くのは「楽しい」ものとばかり思い込んでいたが、妻にとってはそう単純なものではなかった。

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四月二日小田原城の天守閣

小学館の週刊ポスト系web「NEWSポストセブン」に掲載されている写真は、ぼくが提供したものであるが、それが何処でいつの写真だったか確かめてみた。場所は小田原城だった。天守閣に上り、近くにいた人に頼んで写真を撮ってもらったのだ。妻の病気がわかってから意識的に旅行に出かけるようにした。記憶があるうちに少しでも楽しい思い出を作ろうと思った。京都にも行った。立山も登った。蓼科には何度も行った。二人で撮ってもらった写真は山ほどある。近くにいる人に無遠慮に頼んで撮ってもらったのだ。編集してフォトブックを作った。そうすれば何度も見返すことができる。スマホの写真機能は優れている。