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俳句フォトエッセイ

俳句フォトエッセイ

近寄れば白木蓮の命かな

いつもの白木蓮だが満開だった。「命がたぎる」かのようだ。通るたびに、白木蓮を立ち止まって見る。数週間前には硬い蕾だった。1週間ほど前に花びらが僅かに開き始めた。そして、今日のこの勢い!命に元気をもらったような気分になった。植物と花は大昔から一体のものだと思っていたが、違うらしい。花は、植物の発明品なのだという。地球上、最初の花は今から約1億2500万年前のジュラ紀と呼ばれる時代に生まれたと言われる。思いの外新しい。昆虫に蜜を提供する代わりに、花粉を運んでもらう、その目印が花である。それは自力ではなくて、他力で生きるという考え方だ。種の生存を他に預ける。実に大胆である。

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見下ろせば紛ふことなき春の水

深山幽谷の如しであるが、これは、都内世田谷区である。等々力渓谷。都内にこんな場所があるとは、驚きである。天気に誘われて出かけた。ぼくは計画を立てるのは好きではない。何だか自分が縛られるような気がするからだ。朝の天気と暖かさ。これが背中を押した。東横線で自由が丘まで出て、大井町線に乗り換えた。等々力の駅を降りると、鰻屋がある。「平沢」という古民家風の店だ。好物の鰻には目がない。しかし、最近は値段が高くご無沙汰している。夜はともかく、ランチコースなら手が届く値段だ。今度奮発して来てみよう。近くのゴルフ橋から渓谷に降りられるはずた。ところが、なんたることか、ゴルフ橋の入口は封鎖されている。

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ぐいぐいと頭もたぐる花菜かな

雨がやんで、急速に気温が上がった。一雨ごとに春が来ると言うが、本当だ。一夜のうちに、菜の花の背が伸び花が生き生きとしてきた。聞こえるわけではないが、音を立てて菜の花が成長しているように感じられる。菜の花の原産地は、地中海あるいは中近東のトルコ辺りと言われているが、弥生時代には既に日本に入ってきたようだ。和名は「アブラナ」。その名の通り、菜種油を取るために栽培されたのだろう。そう言えば、子どもの頃飼っていた鳩の餌に黒く小さな菜種を混ぜたことがあった。潰せば油が滲み出てきそうだった。「菜」というのは、食べられるものという意味だから、菜の花は「食べられる花」だろうか。

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おじちやんの形見纏ひぬ弥生かな

3月11日。東日本大震災から14年である。あの日、あの時、僕は江東区役所の6階にいた。書類ケースから書類が飛び出し、天井から吊ってあった看板が落ちてきた。帰宅すると、食器棚が1メートル程動いており、中の食器は半分程割れていた。妻は「一人でいるのは怖い」と隣の家に身を寄せていた。今日一日中、テレビは震災の話を流していた。3月11日は、ぼくにとってもう一つ重要な意味がある日だ。山崎剛太郎さんの命日だからだ。剛太郎さんは、フランス映画の字幕翻訳のレジェンドである。剛太郎さんは父・小山正孝の親友だった。府立四中以来の仲だ。「山崎剛太郎『薔薇物語』刊行に寄せて」という正孝の文章に次のくだりがある。

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大量の苺大福五平餅

もう遅い時間だというのに、売店の苺大福と五平餅は、両方ともかなり売れ残っているように見える。「大丈夫なんだろうか?」ひとごとながら心配になってしまう。そこで思い出した。俳句フォトエッセイの第一号は、桜餅の俳句だったことを。遂に出た苺大福専門店正見商店街に「苺大福」の幟旗が立ったのを見て、口ずさんだのがこの句である。苺大福と同時に革新和菓子について書いた。確か一年ぐらい前だった。調べてみたら2月23日だった。俳句フォトエッセイを書き始めて、一年間がすでに過ぎたということだ。よく続いたものだ。

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今頃になり春の雨春の雪

夜になって降り始めた雨が雪に変わった。どうせなら朝から雪が降ってほしかった。(実際にそうなったら、大混乱したに違いないが)子どもたちに雪の清澄庭園の美しさ見せたかったからだ。昨日は、第十四回きごさい全国小中学生俳句大会の表彰式が都立清澄庭園の大正記念館で行なわれた。会場からは庭園が一望できる。素晴らしい景色だ。昨年一昨年は天気が良く、春の景色が広がっていた。こんな素晴らしい景色の中での表彰式は稀有だろう。主催者の我々にとっても誇り高い。実は、これを提案してくれたのは、仲間のAさんだった。「清澄庭園で表彰式をする」ぼくには、こんな発想はまるでなかった。聞いた時にも「そんなこと可能なの?」

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花ミモザぼくは一点お洒落主義

この帽子、ぼくは相当に気に入っている。これで、傍に黄色いミモザの花があったら、春爛漫だ。俳句では普通「ぼくは」とは言わない。何も書かなければ「ぼくは」に決まっているからだ。この「ぼくは」は人に勧めるつもりはないという意味の「ぼくは」である。(ホントかな?)裏地を見せられないのは残念だ。青く輝く窯変天目のようなのだ。この帽子を作ってもらったのは学芸大学にあるヴィリジアンと言う帽子屋さんである。10年ほど前、学芸大学で降りた。古い鰻屋があったのを思い出したからだ。しかし、既に閉店していた。その代わりに見つけたのが、工房とショールームを兼ねた帽子屋さんだった。これがヴィリジアンである。

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春の雨見渡す限り傘である

久しぶりの雨だ。大船渡の森林火災がこの雨で鎮火に向かってくれると嬉しい。さて当たり前の話だが、雨が降ったら傘を差す。子供の頃、傘は貴重品だった。なくそうものならひどく怒られた。それが今はビニール傘。家の中にも溢れている。どこかに置き忘れたい気分にすらなる。調べた訳ではないが、この「傘」という習慣が始まったのは、結構近代なのではないかという気がする。農作業などをする時に傘は使わない。長い距離を移動する時も重い傘をずっと差し続けるのは至難だ。だから、蓑とか頭に被る笠という選択になる。「傘」が便利なのは、近距離のちょっとした移動の時だけだ。つまり、それは都市生活と関係している。

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三月や自分で作るモーニング

心臓の検査は無事にクリアした。しかし、健康問題で無罪放免になったわけではない。主な問題は高血圧と糖尿病だ。母が高血圧だった。そして父は糖尿病の家系だ。両親の良いところもたくさん引き継いだが、同時にこの二つの病気も引き継いでしまったようである。年齢は、古来稀なりの「古希」を通り越し、喜寿も無事に過ぎた。すでに十分に生きたといえる。あとは、おまけの人生だ。もうそろそろ現実に死ぬ準備を始めなければならないと感じている。ほとんど財産はないが、それでも持ち家がある。遺産相続で揉めている家族を嫌というほど見てきた。ぼくが元気なうちに決着をつけておかなくてはならない。

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四月馬鹿此奴一つがあれば良し

一ヶ月前倒しの「四月馬鹿」である。「四月馬鹿」は「万愚説」とも言う。春の季語である。ぼくの持っているスマートフォンは最新鋭のiPhone16Proだ。ケースは新進気鋭のイラストレーター佐山愛の手による。ちょっとした自慢だ。このiPhoneは写真の人物を消す事もできる。フェイク画像すら簡単にできてしまいそうだ。おそらく50年前の世界最高級のコンピュータの機能を遥かに上回るだろう。電話だけでなく、財布にもなるし、地図にもなる。辞書も入っている。ビデオを見たり、音楽を聴いたりもできる。何でもござれだ。この俳句フォトもiPhone一つで作成している。パソコンもタブレットも要らない。