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俳句フォトエッセイ

俳句フォトエッセイ

春を待つ如何にも干支の顔をして

陶芸教室の前に並べられた干支の小さな植木鉢だ。古い木造の陶芸小屋の中ではレッスンが行われている。もう使われていない煉瓦の窯は魯山人の窯だと誰かが言う。その庭で珈琲を啜りながら一時を過ごした。蝋梅が香ってくる。Mさんが、「これは、同じ蝋梅でも素心蝋梅というのよ」と教えてくれた。まだ寒の内だが、風もなく暖かい。日差しは春のようだ。道の脇には著莪が群れている。「花の咲く頃来たら綺麗でしょうね」北鎌倉の吟行会である。今日の目的地の一つは、浄智寺である。鎌倉十井の一つ、甘露の井があり、階段をのぼると花頭窓のある鐘撞堂が待っている。鎌倉七福神の一つ布袋尊が如何にも穏やか表情を浮かべている。

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ぽつねんと守衛が一人冬深む

ここが何処だかお分かりであろうか。実は日本銀行なのだ。日本橋を歩いていたら、突然ここに出た。まじまじと日本銀行を眺めるのは、初めてのことだ。新しく精緻な紙幣が発行されたが、電子マネーに押されて現物は使われない時代になってしまった。失われた三十年と言われるが、日本経済は一体どうなってしまったのか。玄関に立つ守衛も何となく頼りなげに見える。日本銀行で思い出したのは大俳人金子兜太だ。兜太は日本銀行に定年まで勤めた。「窓際族どころでなく、窓奥族であったからものが書けた」と述べている。金子兜太は、俳句界の一方の雄であった。現代俳句協会を率い、影響力は俳句界にとどまらなかった。

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大寒の喫茶店てふ居場所かな

今なら「カフェ」だろう。喫茶店という言葉には昭和の匂いがする。その昔は純喫茶と言った。お酒は出さないという意味が「純」に込められているのかもしれない。喫茶の「喫」は喫煙の「喫」でもある。必ず、テーブルの上には灰皿が用意されていた。店ごとに工夫を凝らしたマッチがあり、それを集めて楽しんだりした。純喫茶が姿を消し、一時街に喫茶店というものがなかった時代があるように記憶している。そこに登場したのが「ドトール」だ。スタンドで椅子がない。ただ、コーヒーを味わうためだけの場所だった。いきなりステーキという店もあるが、こちらも開店当初は椅子がなかった。アメリカの文化なのだろうか。

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春めくや並びて鱈子スパゲッティ

トラットリアレモンは、お茶の水のレモン画翠の経営するイタリアンレストランである。レモン画翠は大正時代から続く由緒ある店だ。トラットリア「レモン」は鱈子スパゲッティがメニューの中心で、それに苺ジュースがつく。人気で昼になると行列ができる。店内も実にお洒落。ぼくがここに来るのは、ほぼ、三ヶ月に一度、三楽病院の定期検診の血液検査の後である。この時だけは塩辛い鱈子スパゲッティを楽しみ、甘い苺ジュースを心置きなく飲む。しかし、それも今日で終わりだ。三楽病院から撤退して地元の病院に移ることにしたからだ。その経緯は前に書いたのでここでは省く。三楽病院は元々は教職員の病院だった。

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父母の出逢ひし橋や春隣

父と母の最初のデートの出逢いの場所が御茶ノ水の聖橋であったことは以前に書いた。調べたら聖母月ニコライ堂の見ゆる橋という俳句フォトエッセイだった。昨年の5月の終わり頃である。二人の出逢いがなければ、ぼくは今この世に存在しない。父正孝は詩人として一生を終えた。丸山薫賞をいただき、現代詩人会で毎年、二人程度に贈られる先達詩人の称号を得ているので、それなりの詩人として評価されていたのだろうが、父が死ぬ直前までぼくは父の仕事に興味がなかった。父の作品も読んだことがなかった。父の作品に触れたのは、詩人としての正孝を顕彰する感泣亭の活動を始めてからだ。

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春兆すブルーボトルの一号店

通りかかったので、中を覗いてみた。なかなかの盛況のようである。ブルーボトルの一号店。江東区の平野町にある。一般に清澄白河と言われるが、駅からも遠くわかりにくい場所だ。この店ができたのが2015年だ。当時は行列ができて入ることも難しかった。こんな不便な場所に店を作るという感覚が当時は不思議だったし、そこに客が来るというのも不思議だった。このブルーボトルが起点になり、清澄白河近辺におしゃれなカフェやアイスクリーム、ベーカリーなどの店が続々とでき、「下町の代官山」と呼ばれるエリアにあっという間になった。東京都現代美術館が近くにあるということも条件としてはよかったのかもしれない。

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顔見せや路上に歌の伝道師

錦糸町駅前のレコード店の前に人だかりができている。演歌と歌謡曲に特化したレコード店セキネだ。男性の二人組が「星のフラメンコ」を熱唱している。ふと足が止まった。ぼくはこの種の昭和歌謡が大好きだからだ。カラフルパレットというユニットだった。デビューして十年という。人だかりを前に「昨晩は誰も来てくれなかったらどうしよう、と心配で眠れなかった」と話す。「江ノ電ものがたり」や「終電車」などの持ち歌があるらしい。YouTubeで調べて聞いてみた。曲調はぼくの好みだ。再生数を見たら1643回とあった。ぼくの聴く音楽は全てYouTubeだ。

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春近し人情深川ご利益通り

実に良い名前だ。「人情深川ご利益通り」とは!ここは、門前仲町。深川不動尊の参道である。約百五十メートルほどの中に四十ほどの商店が軒を並べている。漬物屋もあれば、江戸小物を売る店もある。老舗の煎餅屋は「其角」という名だ。由来はわからないが、おそらく芭蕉の門人であった宝井其角の名をとったのではあるまいか。「日本一硬いせんべい」というのが、この店の売りだ。この日は、近くの江東区立数矢小学校で「俳句の授業」があった。この数矢小学校の授業のある時は、ぼくは必ずご利益通りのカフェでカフェラテを飲む。少し値段は高いのだが、何しろ「ご利益」があり、授業もうまく進むこと間違い無しだからである。

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ぽつねんと烏のとまり春を待つ

何処かで見たようなフレーズだと思ったら(笑)芭蕉の「枯れ枝に烏のとまりけり秋の暮」にそっくりだ。俳句の世界もどの世界も早い者勝ちである。芭蕉にこの名句がある以上、枝に烏の句は二番煎じを免れない。先日、神保町で渡邊尚代先生の「ひさよの絵本講座」があった。欧米文学が専門のひさよ先生が「芭蕉と奥の細道」を語るというので、興味があった。24ページにわたる詳細な資料が用意され、各ページにひさよ先生の詳細な書き込みがされている。ひさよ先生は深川の芭蕉記念館をはじめ、芭蕉関係の史跡を歩き、自分の目で確かめられた。千住や草加、日光、那須の黒羽まで足を伸ばし、芭蕉の足跡を辿っておられる。

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瞬きて寒オリオンの勇姿かな

帰宅が遅くなって、ふと見上げると南の空にオリオン座が美しい。思わず写真を撮った。よく見ると、有名なオリオンの三つ星の下に縦にも三つ星が並んでいる。これを小三つ星と言うらしい。肉眼では見えなかった。空気が乾燥しているせいか、月が煌々と照っているのに、これほど星が見えるとは!これまでの人生で見た一番美しい星空は、高校三年の冬だった。仲の良かったMくんが冬山に絵を描きに行くというので、頼んで連れていってもらった。リュックの中には受験道具を詰め込んだが、受験から逃げたい気持ちが満載であった。よく親が許したと思う。行き先は、裏八ヶ岳だった.美濃戸口でバスを降り、そこからリュックを背負って登った。