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俳句フォトエッセイ

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春近し西海岸にゐるやうな

アメリカ西海岸に行ったことはない。しかし、ここがどんな雰囲気かと問われると、思わずそう答えてしまいそうだ。座っているベンチの隣には、卓球台、貸し自転車が並びスポーツカーがさりげなく置いてある。表示は英語ばかり。ビジネスマンらしき外国人がパソコンのキーを叩いている。雑誌のモデルの撮影だろうか、10人近くの若者が、風のように通り抜けていく。打ちっぱなしの壁にいかにもアメリカ風の写真をやモダンアートが飾られている。なかなかモダンだ。(モダンは古いか笑)ここは、川崎殿町にある東急REIホテルの一階だ。大師線の終点小島新田駅から歩くと20分はかかる。バスで来るのも面倒なほど交通の便は悪い。

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待ちわびて仕事始のお給食

先週新年始めの俳句の授業だった。暮のうちから校長先生に「給食を用意しておくから」と言われ、心待ちにしていた。給食は、実に栄養バランスがいい。野菜もたっぷり取れる。外食だとそうはいかない。ラーメンでも蕎麦でもスパゲッティでも炭水化物だ。揚げ物も多い。それに結構うまい。癖がなく万人向けの味に仕上がっている。好き嫌いの多いぼくでも概ね大丈夫だ。仕事から離れて、給食の良さに初めて気がついた。学校に勤めていた当時は「一生給食に付き合わなくてはいけないのか」と思い、レストランでのランチが羨ましかった。実は、ぼくは子どもの時、好き嫌いがひどく、給食が大の苦手だった。

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ピーターラビットの世界春遠からじ

おそらくだが、これはピーターラビットの世界ではあるまいか。ピーターラビットは全世界で読まれた絵本だ。4500万部とも言われる超ロングセラーである。寒の入りというのにここだけは春のようでもある。こどもの絵本と言えば、ぼくの場合は『ちびくろサンボ』と『ちいさなおうち』だ。何度読んだかしれない。『ちびくろサンボ』は、一時差別的な表現とされ、世の中から抹殺されそうになったが復活した。言葉狩りはまだ根強く残っている。ぼくも勤めていた頃「片手落ち」や「目をつぶる」など、体を使っての表現はまかりならんと言われたことがある。『小さいおうち』はアメリカの作家バージニア・リー・バートンの作品。

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病院の看板大き六日かな

暮れに近くの医者で市の健康診断を受けた。職を離れて二年。久しぶりの健康診断だ。次の朝その医院から電話がかかってきた。「健康診断の結果でお知らせしたいことがありますから来てください」悪い話に決まっている。いそいそと出かけたら「不整脈があります」それもペースメーカーレベルだと言う。ずいぶん人を驚かす。不整脈なら今に始まった話ではない。一度は負荷心電図もとり、心臓の画像診断までした。その時は「大丈夫」と言われた。しかし、考えてみれば十年も前の話だ。関東労災病院に紹介状を書いてもらった。喜寿を迎えると言うのはこういうことかと思った。そろそろ死ぬ準備をしておかなければならない。

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新年の横断幕に迎へらる

この前雨が降ったのはいつだったか?忘れてしまうぐらい久しぶりの雨だ。場所は新丸子である。東横線で元住吉から渋谷方面に向かって二つ目の駅。急行は止まらない。特別の用事でもなければ降りない。コロナの頃、妻と散歩に来て以来の新丸子だ。今日は、その特別な用事があった。新丸子駅から近い「上丸子小学校」のわくわくプラザから「俳句を教えて欲しい」と言う要請があったのだ。上丸子小学校は綱島街道沿いにあるお洒落な校舎の学校だ。一学年五クラスあると言うから、相当なマンモス校なのである。わくわくプラザは、学童保育のような場所である。昨年住吉小学校のわくわくプラザで俳句を教えた。

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往く路にさざんか溢るるばかりなり

さざんかは息の長い花である。十一月頃から花をつけ始め、半年もの間咲いていたりする。咲き終わっても葉の緑が美しい。妻のお世話になっているグループホームがこの路の先にある。さざんかはぼくに元気をくれる。妻がグループホームにお世話になるようになってから丸三年が過ぎた。四回目の正月を迎えた。ぼくはこの間、このさざんかの路を二百回近くの往復したことになる。今から考えると最初の一年間は普通に歩けたし、話もそれなりに通じた。二年目になると歩けなくなり、車椅子になった。自分で体を支えるのが難しくなってきた。三年目になって、言葉があまりでなくなってきた。今は、自分で食事をすることも難しくなっている。

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ひたすらに歩きて浸る初湯かな

すっかり温泉にハマってしまった。宮前平の温泉まで行こうかとも考えたが、乗換二回はかったるい。スマホで調べたらあった。綱島だ。ここなら電車で二駅。かつて「綱島温泉」があった。東横線の窓から湯のマーク。見た記憶がある。既になくなったはずだ。新しい施設らしい。綱島の駅からかなり離れている。歩くと30分近くかかりそうだ。「まぁいいや」暇だし、バスでもあるに違いない。綱島の駅はすっかり綺麗になっていた。新綱島という新しい駅までできている。キョロキョロと見回したが、結局バスはわからなかった。ひたすらに歩く。「綱島温泉湯けむりの庄」は想像したよりずっと立派な施設だった。車が次々に吸い込まれてくる。

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行列のできる温泉大晦日

誰でも考えることは一緒だ。大晦日、一年の終わりぐらい足を伸ばしてゆっくり温泉に浸かりたい。一泊する余裕はないけれど、スーパー銭湯♨ぐらいなら行ける。溝口温泉喜楽里なら、バス一本で行ける。老人パスを使えばバス賃も半額の百十円だ。この温泉は近くにある影向寺を訪れた帰りに見つけた。一風呂浴びて気に入った。露天風呂がいい。熱さもほどほどで気持ちいい。寝湯というのがあり、本当の半身浴ができる。油断すると眠ってしまう。高炭酸風呂が愉快だ。炭酸の泡が身体中を包んでくすぐったい。炭酸が体内に浸透し、血行が良くなると大きく書いてある。何だかとても効きそうである。もちろんサウナもある。

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石蕗やリール俳句のあれやこれ

いよいよ大晦日になった。M君に「君の今年の漢字は何か?」と問われた。「うーん」と一瞬考え、頭に浮かんだ漢字は「活」である。考えれば考えるほど、活きて、活かされた一年だったと思う。①感泣亭に人が集い、活きた場所になった。シュトーレンの史ちゃんは「感泣亭恐るべし」と呟いた。サロンd e感泣亭に加えて「あなたを語る会」「読書会」「言葉の部屋」などの取り組みが生まれ、順調に推移した。ワインの会やプリンの会など皆で楽しんだ。②俳句フォトの会が生まれ、成長した。各地でのイベント、研修会が行われ活き活きと活動できた。

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招かれてファミリーになるお餅つき

年の終わりに素晴らしい一日のプレゼントをいただいた。餅つきに招待されたのだ。昨年の夏、LINEで偶然にKさんと繋がった。十年ぶりといってよい。Kさんご夫妻には大学時代「マーくん」と呼ばれ、とても可愛がってもらった。家にもよくお邪魔してごちそうになった。大学を卒業し、就職してからは交流は跡絶えていたご主人とは職種が違ったし、Kさんは東京の教員になっていたが中学籍だったので会うことはなかった。Kさんが管理職になった頃、何回か会って教えを乞うたことはある。そのKさんが退職まで数年を残して突然校長職を辞した。ご主人が重い病を患っていたことは後で知った。半年後、ご主人は亡くなった。