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俳句フォトエッセイ

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半世紀巻き戻したる秋日かな

千葉市内の学校に招かれて、俳句の授業をしてきた。素敵な六年生で、授業する私の方が楽しかった。教務主任の先生が西千葉まで車で送ってくれた。西千葉には千葉大学がある。ぼくは、1970年の卒業生である。今から半世紀以上前である。久しぶりに構内に入った。当時は、赤土の上に校舎だけが目立っていた。今は緑の学園に変貌している。目立つ位置に「チラシ配り、アンケート禁止」の看板。勿論立看板など一枚もない。けやき並木の後ろに微かに見えるのは大学生本部の建物である。ぼくの在学中にできた建物だ。耐震工事の枠が建物の外壁全体を埋めていた。大学生協の食堂で昼食を取ることにした。

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萩乱る我が家我が庭我が窓辺

拙句集『大花野』に萩咲かせ昔の家に戻しけりを入れた。萩は妻の願いであり、母の思い出、父の思い出に通じる。今、我が家を「感泣亭」(かんきゅうてい)と称しているが、これは父・正孝が自分の書斎に付けた名前のよる。その書斎の前には正孝の親友であった坂口昌明さんから贈られた萩が繁茂していた。坂口さんは、正孝の詩の最大の理解者であり、『一詩人の追求ー小山正孝氏の場合』を出している。本人も詩人であるが、守備範囲は驚くほど広く、音楽から民俗学まで及ぶ。晩年の坂口さんの主なフィールドは津軽であった。

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十月を迎へん夜の散歩かな

夕食後、夜の散歩に出かけた。本当に久しぶりだ。我が家から元住吉駅の向こう側まで、時間にして約二十分から三十分。歩数にして約三千歩歩く。早足で、できれば手を振って歩く。実は、糖尿病対策なのだ。我が家は糖尿病家系。祖父は糖尿病が原因で亡くなったと聞いた。父は、今の私の年頃にはほとんど目が見えなかった。糖尿病性網膜症だったと思われる。そのため、本は天眼鏡で読んでいた。長いものが読めないので、短歌や俳句が読書の中心だった。ぼくも五十代の半ばから医者にかかり始めた。ヘモグロビンA1cの値に一喜一憂してきた。数値が7を超えないようにと医者に言われ続けてきた。

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ラーメン屋またラーメン屋食の秋

28日(土)の「ブレーメンを俳句フォト」は実に楽しいイベントとなった。作品は、10月中旬以降商店街のコミュニティセンターに展示し、皆さんに見ていただく予定である。詳細が決まったら、またお知らせする。写真のこの街角の店、工事が進んでいた。どんな店ができるかと密かに心躍らせていたら、ラーメン屋だということが判明。随分念入りに工事し、しっかりしたカウンターもできている。外には「なぎちゃんラーメン」のネオン看板。資金も投入し、腰を落ち着けて商売を進めようとする意気込みが感じられる。この場所は、次々に店が変わる場所であった。以前もラーメン屋だったことがある。直近はケーキ屋だった。

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街にこの人ありて豊の秋

この人とは、伊藤博さんのことである。伊藤さんは、長くモトスミ・ブレーメン通り商店街の理事長を務められている。ぼくは、このブレーメン通りの端っこで生まれた。子どもの頃(1950年代)、周りは田んぼばかり。春になるとあたり一面にカエルの合唱が響き渡った。雨上がりの砂利道を大型バスが水たまりの水をはね飛ばしながら通っていた。当時は、元住吉西口商店街と言っていた。どこにでもあるような普通の商店街だった。その商店街がいつの間にか変貌を遂げた。モトスミ・ブレーメン通り商店街になったのだ。全長は、550メートル。商店街に加盟している店は180店舗。一日中、人波の途絶えることない、にぎやかな商店街である。

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一本に百の蕊あり曼珠沙華

曼珠沙華の俳句と言えば、何と言っても山口誓子のつきぬけて天上の紺曼珠沙華が有名だ。曼珠沙華の赤と空の青との対比が鮮やかである。この句は、ぼくに俳句の魅力を感じさせてくれた句の一つだ。30代の半ば頃である。そう考えるとぼくと俳句の付き合いは、40年になるのかもしれない。誓子に並ぶのが、森澄雄の西国の畦曼珠沙華曼珠沙華だろう。金子兜太には曼珠沙華どれも腹だし秩父の子がある。曼珠沙華は、一般に彼岸花と言われる多年草だ。田畑の畦や寺院やお墓の周辺にもよく見られる。モグラなどの獣害対策として植えられることも多かったようだ。日本で繁殖している曼珠沙華は種では子孫を残せないらしい。

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秋日和伊右衛門カフェの一休み

まだ暑いとはいえ、すっかり秋の気配だ。川崎に出たついでに前から一度でも入りたかったラゾーナにある「伊右衛門カフェ」に寄った。あのペットボトルの「伊右衛門」である。ペットボトルのお茶の売り上げは伊藤園の「お〜いお茶」が絶対王者の地位にいるが、今年前半はその「お〜いお茶」を抜いて「伊右衛門」がドップの座にいるようだ。「伊右衛門」はサントリーのブランド。ネーミングの由来は京都の福寿園の創始者福井伊右衛門によるらしい。その福寿園との共同開発がこの名になった。それらしい名前を持ってくるものだと感心する。因みに先日、川崎中原区の100人会議でサントリーの名前の由来を伺った。

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水割もワインも冷も秋の水

実は珈琲屋なのだが、夜はバーのようにもなる店だ。だからカウンターに酒が並んでいる。ぼくは、酒は飲まない。いや飲めない。三代続きの極め付けの下戸だ。しかし、飲める奴が羨ましい。酒が飲めれば人生は三倍楽しいものになる。絶対そうだ。嫌なことを忘れられる。羽目を外せる。楽しくなる。一日をリセットできる。だから、羨ましくて、羨ましくてたまらない。妻は、若い頃は底なしの呑兵衛だった。ぼくの親友のA君の来た時など、二人でウイスキー一本空にした。年に一度は同僚に肩を抱えられて帰ってきた。時には転んで顔に青たんを作ってきた。それでも酒はやめなかった。それほどに酒は魅力的なのだ。新酒のことを新走りとも言う。

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九月尽珈琲館のモーニング

珈琲館はチェーン店で各地にある。ぼくが時々入るのは、九段下、門前仲町、そしてこの住吉店である。最近は観光地などに「珈琲館蔵」という和風の高級店を立ち上げたそうだ。カフェ・ベローチェやカフェ・ド・クリエなども同系列だと知ってびっくりした。ぼくは、江東区住吉の珈琲館で12年前から年に数度モーニングを食べる。近くの深川七中で、月に一度江東区中学校俳句部の会合があるからだ。九月。四月から始めて半分が過ぎた計算になる。今日の俳句部では、中秋の名月にちなんで月の句。また、学校近くの商店街を巡りミニ吟行もした。わずかな時間に子どもたちが次々と句を作るのには舌を巻く。

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ブローニュの森の如くに秋の色

いつまで続くこの暑さと言いたいほど酷暑が続いている。暑さ以上に湿度にやられているのかもしれない。しかし、秋は着実に進んでいる。写真は、江東区の南砂町駅前の公園を撮したものである。よく見ると樹々の緑が褪せ始めている。色の変わり始めた葉もある。眺めてるいると幾分ひんやりしてきた気分にもなる。不思議なものだ。江東区はマンションやビルばかりの街との印象があるが、それは間違いである。緑が多い自然豊かな街と言ってよい。大きな公園がいくつもある。大島中央公園、猿江恩賜公園、木場公園、清澄公園、大島小松川公園、辰巳の森海浜公園etc。夢の島も緑で覆われている。