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俳句フォトエッセイ

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遥かなる「相撲」の記憶自由が丘

自由が丘は、今大規模再開発の真っ只中である。この区画には、眼鏡の金鳳堂があり、蕎麦のさらしんもあった。洋菓子のモンブランもあった。シュークリームは逸品だった。少し洋酒めいたものを垂らしたサバランを知ったのもモンブランだった。東郷青児の絵を子どもながらに美しいと感じた。高校生の時、どうしたわけか一人で入りケーキを注文した。そうしたら、ケーキの中から木の釘が出てきた。これはどう見ても釘だとら確かめて、店員さんにその旨を告げた。店員さんは「申し訳ありません」と深く頭を下げ、代わりのケーキを持ってきてくれた。得した気分だった。しかし、食べたらそのケーキにも異物が入っていた。

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天高し世界へ拓くレールウェイ

東急東横線の元住吉駅である。長いエスカレーターを上り、改札口のあるこの階には、こんもりと木が植えられている。ベンチも設置され、ちょっとした憩いの空間だ。2006年に新駅舎として開業した。昔は東横線だけだったが、今は目黒線も乗り入れ、乗降客は一日六万人近いと言われる。ぼくは小学校一年生から高校三年まで通学で元住吉駅を利用した。「各駅停車」というアナウンスが分からず「各駅電車」とばかり思い込んでいた。男の子のぼくが車内で痴漢に遭ったこともある。駅員さんが改札鋏をチョキチョキさせていた。鋏を手でくるくると回していた。格好いいなと思った。定期券の期限切れを瞬時に見分ける技に舌を巻いた。

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秋の空神明宮の大銀杏

大きいとは思っていたが、こんなに大きかったのか。改めて、その大きさにびっくりした。今年は6年ぶりの深川神明宮の大祭であった。町全体が祭に沸くのだ。俗に水掛け祭と言われる。神輿にこぞって水を掛ける。この暑さだから気持ちがいいのだが、その水掛けも半端でない。ホースどころか、トラックの上から、果ては消防団のホースが登場する。最後は清澄通りに各町会の神輿が勢揃いして、一万人の大手締めで幕となる。ぼくも、八名川小学校在任中、各町の半纏を借りて、神輿を担いだ。あの独特な気分は忘れられない。その神明宮で、今日は深川芭蕉小中学生俳句大会の第一次選考会があった。今年も三万近い応募句がある。

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外出れば九月二日の雨しとど

九月二日は、ぼくにとって思い出深い日である。ぼくが小学校の教員になったのは、五十年以上前のことである。一学期の終わり頃、咳が続き、微熱さえ出てきた。近くの病院で薬を出してもらったが、ちっとも効かない。文句を言いに行ったら、「レントゲンを撮ってみましょう」と言われた。「ありますね」肺に影があるというのだ。まさかの結核である。「どのくらいで治りますか?」結核は既に死の病ではなくなっていた。運が良かった。「軽いですから二、三年ぐらいでしょうか」軽くて二、三年。ショックだった。八月は、水道橋にある結核予防会に一日おきに通い、ストレプトマイシンを注射した。

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バリカンをあてて刈り上げ九月来し

線路際にある「バロン」とう名の店が行きつけの床屋だ。床屋が差別用語だという人もいるが、そんなことはないだろう。床の間がある立派な店というのが、床屋の語源だという説もあるくらいだ。「理容室」と「美容室」は微妙に違うようだ。色々あるのだろうが、美容室がカミソリをつかなえないのに対して、理容室はカミソリの使用が可なのだ。だから理容室では髭を剃ってくれる。考えてみれば、命を委ねているようなものだから恐ろしい話ではある。昔、床屋は半日仕事であった。カットとシャンプー、それに髭剃りと合わせて1時間くらいはかかった。一人にかかる時間が長いから待ち時間も長い。値段もいい。

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台風の襲来を待つ沼部駅

台風のスピードが異常に遅い。当初は火曜日に上陸し、木曜日には日本海に抜けると思われていた台風10号は、まだ九州あたりに留まっている。関東への到達は来週にかかりそうだ。9月1日は、厄日。丁度二百十日に当たる。くわばらくわばらである。久しぶりに多摩川線に乗った。大田区立のY小の研究授業の相談に乗るためだ。素敵な先生方が揃っており、しっかり授業プランが練られている。意見を差し挟む余地などないと思ったほどだ。沼部。この駅は、多摩川から一駅目に当たる。懐かしい駅だ。高校時代の3年間、ぼくはこの駅で降り乗りした。名前は田園調布高校なのに、全く田園調布らしい土地ではなかった。

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夕焼けの色の織りなす平和かな

これから台風が来るとは思えないような美しい夕焼けだ。台風はかなり西に逸れたようだが、これからが油断ができない。夕焼けが美しいと感じ始めたのは、俳句を始めてからだ。それまでの自分の生活は、今で言うブラックだったのかもしれない。朝は、今日何をするかで頭がいっぱいだし、陽があるうちに学校を出ることはほとんどなかった。夕焼けを見る機会などなかった。これは、ぼくだけの話ではない。ある学校の先生方の研修会で「この学校の校門にはきれいな花が咲いていますね。何の花ですか?」と聞いたことがある。実は、コスモスが咲き乱れていたのだ。しかし、誰の手も上がらない。首を傾げているばかりだ。何故こんなことが起きるのか。

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手を繋ぎ彷徨したき祭の夜

句集『大花野』に手を繋ぎ祭の夜を彷徨すの句を記した。コロナが流行る前のことである。https://www.amazon.co.jp/大花野-句集-小山-正見/dp/4908978735 元住吉駅前の住吉神社の祭礼は五年前と同じように人で溢れていた。所狭しと出店が並び、浴衣姿の女の子やカップルの姿も多い。男子中学生のグループもたむろしている。混んでいて、境内には入れないほどだ。一つ気がついたことがある。金魚すくいが姿を消しているのだ。定番だったその場所には、無生物のスーパーボウルすくいが陣取っている。場所についてはおそらく既得権があるのだろう。だとすると出展者は同じ人物かもしれない。

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四方八方(よもやも)を揺らし蟬時雨蟬時雨

俣野別邸は、1939年(昭和14年)に住友家の第16代当主住友吉左衛門が建築させた和洋折衷の住宅である。この建物は、2000年に住友家が相続税の物納として国に所有権が移った。建物は、重要文化財に指定されていたが、放火により消失した。2016年、横浜市によって当時の設計図を元に復元され、敷地は公園として整備された。現在は、俣野別邸庭園として横浜市の風致公園となっているがホームページなどを見ても住友家の別邸だったことには一言も触れられていない。建物を中心とした内苑と外苑に分かれ、敷地面積は5万平米を超える。戸塚や藤沢からバスに乗り、鉄砲宿で降りればすぐだが、藤沢からタクシーでも1200円程で着く。