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俳句フォトエッセイ

俳句フォトエッセイ

戦争の記憶確かに走馬燈

月に一回だけだが、グループホームとデイサービスで俳句教室を行っている。俳句教室と言っても、俳句を上手くなろうというのとは、全く異なる。生活の中の記憶を辿りながら、それを言葉に紡いでいく。それを合作で、五七五の俳句っぽく作り上げるのだ。「そうだね。そんなことあったね」とか「◯◯さんは、あれが好きだったんだ。」「北海道に住んでいたんだ」などお互いの情報を交歓し、それをタネに語り合い、笑い合う。こんな感じの俳句を媒介にした俳句遊びの教室だ。それでも、多い時は1時間で30句も40句もできる。

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大夕立大地を跳ねる水の粒

最近は、出かける時必ず傘を持って出るようにしている。いつ夕立があるかわからないからだ。猛烈な暑さだ。76年生きてきて、今年ほど暑さを感じる年はなかった。暑い年でも途中で中休みがあった。今年は連続して暑い。地表が冷やされる暇がないから、余計体感としての気温も高く感じる。この暑さが人間のせいであることは間違いがない。文明というものは猛烈にエネルギーを消費し、そのエネルギーが空気中に放出されるのが暑さの原因だ。「危険な暑さ」から逃れるためにクーラーを多用すれば、その分の熱で更に暑くなる。ある種の悪循環である。

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思い出を写真に詰めて夏終わる

展示期間は8月28日(水)までである。場所は草加市文化会館。8月17日(土)に「目指せ俳句クリエーター」というイベントを行った。今回の展示は、そこで子どもたちが作成したものだ。夏休みの写真を持ち寄り、そこに俳句をつける「俳句フォト」の手法で作った作品である。職員の方が至れり尽くせりの準備をしていただいたお陰で、短い時間にも関わらず、なかなかの作品ができあがった。こうして展示してくださるのもありがたい。俳句フォトの取り組みは昨年の秋に始まった。春には「お花見で俳句フォト」が行われ、4月1日には、「俳句フォトの会」が立ち上がった。

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島の秋曽根新五郎に逢ひに行く

曽根新五郎氏(以下、敬称略)は、日本で一番上手い俳句の作り手である、と僕は思う。彼のすごさは、心に届く俳句を詠み続けていることだ。全国のあらゆる俳句大会に応募し、入賞し続けている。表彰者名簿に曽根新五郎の名前がない俳句大会はないほどだ。普通「俳人」と呼ばれるようになるとこうした大会に応募しなくなる人が多い。理由の一つは、「落選」するとみっともないからだ。出し続け、入選し続けることは容易でない。多くの「俳人」が監督やコーチになってしまっているのに対して、曽根新五郎は生涯現役を貫いていると言えるかもしれない。2012年、日本学校俳句研究会が発足し、第一回目の夏合宿を伊豆七島の式根島で行なった。

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野分過ぎ涙と笑ひの服部剛

写真の左側が詩人の服部剛である。運良く、台風が過ぎた。17日(土)夜7時から服部剛『我が家に天使がやってきた小学校編』の出版記念朗読会が、日暮里谷中のライブハウス「ムジカ」で行われた。台風が過ぎてよかった。会場にはすでに20人近い人が集まっていた。服部さんの一人息子はダウン症という病気を持っている。彼と共に生きた生活を描いた『我が家に天使がやってきた』を僕は感動をもって読んだ。その第二弾が本書である。息子の周君への想いと共に詩人としての服部剛の成長を示す詩集だ。普通の出版記念会だと、出席者一人一人が賛辞を述べるのが普通だか、この日の出版記念会は違う。

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朽ちかけの隙間隙間の青紅葉

写真は、朽ちかけの橋と青紅葉の対比を狙ったものである。滅びゆくものには、何となく郷愁が湧く。人間はやがては死に朽ちていくから、その自分に重ねてみているからかもしれない。多くの物語は、滅びの物語である。平家物語も太平記も。義経の最後も織田信長も。楠木正成も真田幸村も。西郷隆盛も悲劇の主人公だが、徳川家康や伊藤博文もたまには物語になるが、そこまで感動を呼ばない。詩や俳句でも廃線や廃墟は、題材になりやすいが、活発に動いている新幹線や山手線を題材にできるのは相当なテクニシャンだ。かつて、俳人の今井聖氏が「職場の俳句」を作ることを推奨する講演を聴いた(うろ覚えだが)ことがある。

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どう見ても秋の雲なり酷暑なり

今日も暑い。猛烈な暑さだ。外に出るのが嫌になる。ふと見ると入道雲だ。太陽の光に輝いている。美しい。まさに夏の雲だ。しかし、上空にも雲。巻雲というのだろうか、まさしく秋の雲に違いない。その二つが同居している。秋来ぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる藤原敏行の類と思っていたら、違うらしい。確かに巻雲は、春や秋に出やすい雲で、晴天の時も現れる。しかし、特に低気圧や台風が近づいてくると真っ先に現れるのだそうだ。すると、この巻雲は、台風の前触れかもしれない。そう言えば、子どもの時はたわいない天気予報をしたものだ。

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生きることそれこそ全て稲の花

著者の西野さんと出会ったのは、中原市民館で行われた第九回の「中原区100人会議」だった。100人会議では、一回に5人が登壇し10分ずつ話をする。二人目に登壇したのが西野さんだった。普通のおじさんなのに、立ち上がっただけで、一言を発しただけでオーラが漂ってくる。圧倒的な存在感だ。世の中にはこういう人がいるのかとびっくりした。西野さんは、今や全国的に有名な人だ。NHKの「ドキュメント72時間」という番組がある。一昨年、2022年の視聴者アンケートで第1位だったのが「どろんこパーク雨を走る子どもたち」で、この施設の責任者が西野さんだ。

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窓すべて覆ひ尽してゴーヤかな

見事な「みどりのカーテン」である。妻の世話になっているグループホームへの道にあるので、成長の過程をずっと見てきた。六月の半ばには、ゴーヤは二階の窓の遥か下を這っていた。それから二ヶ月弱である。分厚いカーテンが窓を覆い尽くしてしまった。猛烈な勢いだ。植物はこの猛暑にへたらないのが不思議だ。前にも記したが、江東区立八名川小学校在任中「みどりの学校」を作ろうと挑戦したことがある。校舎一階の全面にみどりのカーテンのためのネットを張った。当時竹中工務店におられたYさんのご尽力のおかげだった。そこそこのみどりのカーテンになったが、そこそこにとどまった。

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夏の雲行くぜ人間グライダー

草津温泉スキー場のジップラインである。誘われて体験した。「こんなの選択肢の外だ」と無意識に自己規制していたが、年齢で断られることもなく、受付もスムーズに進んだ。「断られないんだ」と妙に驚いた。ロープに吊られて若者が次々に降りてくる。途中で両手を広げピースする。大胆なものだ。格好良く見える。ロープウェイに乗って頂上までいき、しばし景色を堪能する。いよいよジップラインだ。並んでいるのは若者ばかり。怖そうな表情を見せながら、キャアキャア嬉しそうである。こちらは平静を装ってはいるが、何だか落ち着かない。いよいよ自分の番。手術台に乗せられた時の気分と似ている。「3、2、1、go!」一瞬体が沈む。