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美しい

俳句フォトエッセイ

蓮の花浄土のままに光りをり

「何という美しさか」蓮の花である。一面の緑の中に浮かび上がる薄桃色の花。見つめれば見つめるほど、花そのものが淡く発光しているように見える。蓮は朝の花だ。午前7時から9時頃までが見頃で、午後には花を閉じる。蓮の花といえば、何と言っても不忍池だ。早起きして、眠い目を擦りながら満員電車に揺られて上野に向かった。メトロ銀座線の上野広小路駅を降りれば、ほどなく不忍池だ。目に入ったのは、一面緑に覆われた蓮池。間違いなく日本を代表する蓮の名所の一つである。その中に薄桃色の花が点々と咲いている。見物人も多い。カメラを担いでいる人もいるが、絵を描いている人もいる。キャンバスには、蓮の葉の緑が躍動している。

俳句フォトエッセイ

思ひ出の詰まる校舎やカンナ咲く

「もうカンナか!」カンナの葉とはこれほど美しかったのか。見惚れる思いだ。その向こうに見えるのは八名川小学校の校舎だ。今年開校110年を迎える。ぼくは、赴任してからこの学校で6年を過ごした。その最初の年のトピックは「学習塾」との連携だった。珍しかったのだろう。これが大きく新聞に取り上げられた。裏を明かせば、算数の指導をしてくれる適当な先生がいなかっただけの話だ。「昼間は時間が空いていて、算数の指導ができる人はどこかにいないか?」そしてたどり着いたのが塾の先生だった。条件にぴったりだ。これが「塾との連携」とになった訳だ。記事の見出しはセンセーショナルだったが、内容はかなり正確に書いてくれた。

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散歩道花の塵にもある風情

東京の桜の季節は終わりに近づいている。各地で行われていた桜まつりも無事に幕を閉じたことだろう。開花から約3週間。桜は様々なドラマを我々に見せてくれた。咲きはじめは「初桜」。初々しく可憐だ。それが満開、花盛りとなるにつれて艶やかになる。《花の雲鐘は上野か浅草か》は芭蕉の有名な句だが、満開の桜は街の様相まで一変させてしまう力がある。「花冷」という寒さもこの美しさを引き立てるスパイスのようなものだろう。桜の不思議は、散り際にもドラマがあることだ。「桜吹雪」と言えば時代劇の遠山の金さんを思い出す人もいるかもしれない。高浜虚子の弟子だった高野素十は《空をゆく一かたまりの花吹雪》と詠んだ。