【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

「謹呈」の宋朝体の涼しさよ

小山正見

午前中は、病院で検査、そして午後は友人と会う約束をしていた。朝になって、その友人から電話がかかってきた。
「急に仕事が入ったから、会うのはまた今度にしてくれないか」
楽しみにしていたのに、仕方がない。
ポカンと時間が空いた。貧乏性のせいか、予定表に時間が空くと何か用事を入れるのが癖になっている。だからいつも「時間がない」ということになる。
そう考えると、空いたこの時間は「何をしていてもよい」、神様からの贈り物のようなものだ。
ワクワクして何をしようか考えた。「そうだ」と思いついたのは、髙田正子先生から頂いた句集『紅藍』を読むことだった。1ヶ月以上「読まなくちゃ」と思いながら手を出せなかった本だ。
思い起こすと、髙田先生との付き合いは長い。「きごさい全国小中学生俳句大会」の選者として10年以上ご一緒させていただいている。最近は、それに加えて大垣での「高校生俳句決戦」の審査員としてもご一緒している。先生の主宰する俳句誌『青麗』もいただいているので、先生の句には触れているが、まとまって読むのは久しぶりだ。
装丁がいい。紅色を少しだけ残したカバー。表紙画の鳳凰?孔雀?の絵が素敵だ。
中は、逆編年体で組まれている。珍しい。「亡き人が息を吹き返し、病む人が立ち上がる」不思議さが面白い。
表紙に挟まれた宋朝体の「謹呈」の短冊に一礼をして読み始めた。

例えば、次の三句。おそらく、吟行に出かける情景だろう。

花冷の東京駅に待ち合はす
もうひとり待つて始まる花の旅
眠りて過ぐ白河の花の関

何でもない日常が詩に変換するのだ。

読んでいて、月の句が多いことに気がついた。

野にあればおのづと月を待つこころ
語らふにひとりは立ちて十三夜
呼びあひて白鳥月を渡り来ぬ

その中で思わず息を呑む傑作と思ったのはこの句だ。

片づけて月の光をのこすのみ

これまで、この部屋で暮らしていた方の生活の空気が消え去り、ただ月光だけが満ちている。
なんという静寂だろう。

雨の句も20句以上収録されている。空を詠んだ句も多い。髙田先生は自然と共に生きているのだと思った。

田螺鳴け亀も鳴け父送らむよ
かの世からこゑかへしくるほととぎす

亡くなったお父様を詠んだ句である。思わず、芭蕉の「塚も動け我が泣く声は秋の風」が思い起こされた。

ユーモラスで思わず笑ってしまう句もある。

この秋を浮かれて過ごす予定表

そして、先生の句作の秘密は次の句にあるのではないか。

たましひの遊びだすまで滝の前

俳句とは魂が動くまで対象と対峙することなのかもしれないと思った。

『紅藍』は、髙田正子先生の第四句集。発行はフランス堂定価2790円だ。Amazonなどネットでも手に入れることができる。ぜひ読んでいただきたい一冊である。