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夏の月煌々として隅田川

夏の月煌々として隅田川

小山正見

写真は、隅田川に架かる清洲橋である。ライトアップされた姿には惚れぼれしてしまう。清洲橋は、ドイツのケルンにあるヒンデンブルグ橋がモデルと言われる。現在は、国の重要文化財に指定されている。
隅田川には、千住大橋から勝鬨橋まで大きな橋が15架けられている。勝鬨橋は、大きな船を通す時に中央が跳ね上がる構造になっている。ぼくは、その跳ね上がった姿を見た記憶がある。自動車の交通量が多くなり橋の開閉が中止されたのは1970年だそうだ。
ぼくに一番縁がある橋は、新大橋である。
新大橋と言っても最近架かった橋ではない。江戸時代、芭蕉の生きた時代の橋である。
初雪やかけかかりたる橋の上 芭蕉
ありがたやいただいて踏む橋の霜 芭蕉
の句があることは、芭蕉記念館で教えていただいた。
新大橋は広重の浮世絵でも有名だ。「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」である。ゴッホやモネにも影響を与えたと言われる。
今の新大橋は1977年に架けられたものだが、先代の橋の方がずっと良かったというのは、河川工学の第一人者であった宮村忠先生である。近代化遺構としての価値が高いと言う。
その橋名板が八名川小学校に残されているのだ。この保存方法を巡って議論した記憶がある。目立つように正門のそば、校舎の西側に移すことも検討したが、太陽の直射が劣化を進めるということで現在の位置、校舎の北側の風通しが良いところに設置されている。
ご存知のことと思うが、橋名板は片方は漢字表記、もう一方は平仮名表記になっている。
八名川小学校に保存されているのは江東区側にあった平仮名表記のものだ。「志んおほはし」と微かに読める。20年前に一度補修してもらったが、劣化が激しい。興味のある方には、今のうちに確認されることをお勧めする。
江東区の教育委員も務められていた宮村忠先生には大変お世話になった。先生の行きつけののらくロードにある「やよい鮨」にも随分よくしていただいた。
甚平に下駄を履いてお孫さんを抱っこされている先生の姿が目に浮かぶ。
宮村忠先生は、2022年9月3日に83歳で亡くなられた。
国土交通省の荒川河川事務所、荒川知水資料館には「宮村忠文庫」が残されている。