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春の夜の数珠繰る声や南無阿弥陀仏

小山正見

きっかけは「オオカミの護符」という一本の映画だった。川崎市宮前区土橋に残るオオカミ信仰の謎を追ったドキュメンタリーである。その中で、すでに住宅地が広がる同区初山の地に今なお「念仏講」が生きていることを知った。昔から続く在家信者の集まりで、地域の信仰と相互扶助の両面を担ってきた。かつては多くの地域で行われてきたが、残っているところは少ない。
 幸運にもその念仏講の集まりに招かれる日が来た。
 この日の会場は矢澤英雄さんのお宅だった。家の前には、松の木が見事な枝を伸ばしている。戸口を開けると土間が広がり、まるで民話の舞台にでも迷いこんだようだ。上がらせていただいた座敷の正面には、仏画の古い掛け軸が鎮座し、周りを囲むように、座布団が並べられていた。講長の矢澤継明さんが準備をされている。講長は終身制だが、矢澤さんは「まだ7年目だ」と笑って話された。
 定刻の午後7時には、20人を超す男女が集った。男性は皆土地の生まれ、女性はこの地に嫁いだ方々だ。長い数珠が皆に回された。私も、その輪に恐る恐る手を添えた。鐘が鳴る。数珠をゆっくりと、しかし澱(よど)みなく回していく。目を閉じる人。数珠に目をやる人。参加者の表情はそれぞれだ。
 「南無阿弥陀仏」の声が静かに部屋に響く。その声は土地が吐き出す呼吸のようだった。
 終わると、お膳が出され、ピーナツやお煎餅、新香、ビールとお酒が並べられた。かつては天ぷらや煮物などのごちそうが出されたが、今は華美になることを避けるよう申し合わせているという。車座になってビールを交わす。たわいない世間話。何げないやりとりの中に数十年、いや100年以上積み上げられてきた地域の絆が見えるようだ。
 散会した座敷には、初山の空気が静かに残っていた。

東京新聞川崎阪4/12付 「小山正見のかわさき俳句フォト」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/481301