俳句フォトエッセイ2026.07.04水の町水の都の青葉陰小山正見この日も沼津の加藤学園で午後の授業がある。少し寝坊し駅に向かった。東横線が動いていない。いつも空いているホームに人が溢れている。これには、少し焦った。新横浜で切符を買うにも時間がかかる。ジパング倶楽部の会員で割引になるのはいいのだが、いちいち列に並んで買わなければならない。列の長さにうんざりする。時刻表を見る。のぞみは何分おきかにじゃんじゃん来るのに対して、三島に停まるこだまは、30分に1本しかない。こんなことにイライラしている自分にイライラしている自分がおかしかった。新幹線に乗ってしまえば、三島はあっという間だ。思い立って三島で降りた。駅からすぐそばの鰻屋に見覚えがあった。一瞬懐かしさが蘇った。30年近く前、ぼくはこの鰻屋に入ったことがある。ぼくだけではなく、ぼくの子供たちも妻も。そして父と母もいた。父がまだ元気だった頃、毎年春に大仁温泉に行くことがうちの家族の習わしになっていた。ホテルまでの急坂を歩き、長い階段を上った。ただ泊まり、温泉に入り、朝食を食べて帰ってくるだけの旅だった。帰りは三島に出ることが多かった。「そうだこの店でお昼を食べたのだ」長年生きているとあちらこちらに思い出の欠片が落ちているということだろう。生憎月曜日で楽寿園は休園だったが、源兵衛川に「休み」はない。楽寿園の小浜池から続くこの川は富士山の伏流水を源流としている。そのことは、ポン友のSに身振り豊かに教えてもらった。あの日案内してもらった道を辿る。源兵衛川の水は驚くほど透明だ。その疏水を往くだけで朝ほどのイライラなどどこかに吹き飛んでしまった。この疏水の途中に有名な鰻の桜家がある。時間の関係でここでの食事は叶わなかったが、いずれまた来てみたいものだ。清らかな疏水の御利益もあったのだろうか。加藤学園での授業も順調に終わり、帰りの新幹線ではすっかりリラックスしてしまった。
この日も沼津の加藤学園で午後の授業がある。少し寝坊し駅に向かった。東横線が動いていない。いつも空いているホームに人が溢れている。これには、少し焦った。新横浜で切符を買うにも時間がかかる。ジパング倶楽部の会員で割引になるのはいいのだが、いちいち列に並んで買わなければならない。列の長さにうんざりする。
時刻表を見る。のぞみは何分おきかにじゃんじゃん来るのに対して、三島に停まるこだまは、30分に1本しかない。
こんなことにイライラしている自分にイライラしている自分がおかしかった。
新幹線に乗ってしまえば、三島はあっという間だ。
思い立って三島で降りた。
駅からすぐそばの鰻屋に見覚えがあった。一瞬懐かしさが蘇った。30年近く前、ぼくはこの鰻屋に入ったことがある。ぼくだけではなく、ぼくの子供たちも妻も。そして父と母もいた。
父がまだ元気だった頃、毎年春に大仁温泉に行くことがうちの家族の習わしになっていた。ホテルまでの急坂を歩き、長い階段を上った。ただ泊まり、温泉に入り、朝食を食べて帰ってくるだけの旅だった。
帰りは三島に出ることが多かった。
「そうだこの店でお昼を食べたのだ」
長年生きているとあちらこちらに思い出の欠片が落ちているということだろう。
生憎月曜日で楽寿園は休園だったが、源兵衛川に「休み」はない。楽寿園の小浜池から続くこの川は富士山の伏流水を源流としている。そのことは、ポン友のSに身振り豊かに教えてもらった。あの日案内してもらった道を辿る。源兵衛川の水は驚くほど透明だ。その疏水を往くだけで朝ほどのイライラなどどこかに吹き飛んでしまった。
この疏水の途中に有名な鰻の桜家がある。時間の関係でここでの食事は叶わなかったが、いずれまた来てみたいものだ。
清らかな疏水の御利益もあったのだろうか。加藤学園での授業も順調に終わり、帰りの新幹線ではすっかりリラックスしてしまった。