【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

俳句フォトエッセイ

俳句フォトエッセイ

秋霖にか細き東京タワーかな

久しぶりに六本木に出た。懐かしい。昔を懐かしむのは老いた証拠だろうか。ぼくは、45歳から47歳までの3年間飯倉交差点脇にある港区立麻布小学校の教頭を務めた。丁度オウムによるサリン事件があった頃だ。六本木の街の雰囲気は昔と同じだ。交差点のアマンドはそのままだし、和菓子の青埜もそのまま残っている。青山ブックセンターは名前を変えて健在だ。しかし、麻布警察署は姿を消していたし、六本木の象徴と言えるロアビルはそろそろ閉鎖に向かって動いているようだ。六本木には日本初と言われるハンバーガーの店「ザ•ハンバーガーイン」があったがストレッチの店に変わっていた。何より変わったのは麻布台ヒルズである。

俳句フォトエッセイ

小鳥網高価買取No.1

小鳥網とは、小鳥を捕獲するための霞網のようなもので、今は使用が禁止されている。俳句では秋の季語になっている。ブレーメン通りに新しい店ができた。「こやし屋」という名の貴金属などを買い取る店だ。元住吉にこの種の店は四軒目だ。この場所は昔はブティックだった。長いこと閉まっていたのがようやく開いたらこの店だったというわけだ。巨大な看板が掲げられ、道のあちこちに宣伝のテッシュを配る人が立っている。相当な力の入れようだ。ブックオフもこの街にあるが、中心はすでに本ではない。ブランド物の古着もあればアクセサリーもある。貴金属を買い取る歴史は古代エジプトにすでにあったらしい。

俳句フォトエッセイ

身に入(し)むや七十年の歯の記憶

写真のケースの中には、抜いたばかりの歯が入っている。歯そのものの写真にしようと思つたが、あまりに汚すぎるのでやめにした。何となく歯がグラグラして少し痛みもある。やむを得ず歯医者に行くことに決めた。しかし、どの歯医者に行くか。元住吉には、歯医者が多い。ブレーメン通りだけで20軒の歯医者がある。迷っても仕方ないので、我が家から一番近い歯医者に行くことに決めた。妻が以前お世話になった歯医者さんだ。その時の印象が悪くなかったからもある。すぐレントゲンを撮られた。医者が言う。「乳歯ですね。これは抜くしかありませんね。」びっくりだ。

俳句フォトエッセイ

大空の風を呼び込み秋桜

秋桜とはコスモスのことだ。原産地はメキシコである。日本に入ってきたのは明治の始め頃と言われている。花びらの形が桜に似ており、秋に咲くことから「秋桜」とも呼ばれる。背の高いものは1メートルを超す。日本中に広がり、今や秋の花の代表格になっている。東京一のコスモスの名所と言えば立川にある昭和記念公園だろう。500万本のコスモスが咲き乱れるというから壮観だ。都心の浜離宮恩賜公園のコスモスも見事だ。コスモスの語源はギリシャ語。宇宙を表す「コスモス」と同様、「調和」という意味らしい。小学校の国語の教材に今西祐行の「一つの花」がある。

俳句フォトエッセイ

おけら鳴く無限ループのプラレール

久しぶりにプラレールに出会った。場所は秋葉原、ヨドバシカメラの前の広場だった。幼い子供たちが群がってある。何台かの列車が走り続ける。子供、特に男の子たちは、なぜ電車がこんなに好きなんだろうか。そういうぼくも子供の時は電車好きだった。かつて、秋葉原には交通博物館があった。実物の蒸気機関車の運転席に上がる事ができた。鉄道模型のパノラマショーが行われていた。小学生だったぼくは飽きる事なく、無限に回り続ける電車を見ていた。何回も何回も連れていってもらった。その鉄道博物館は老朽化のため、2006年に閉館になった。現在はさいたま市に鉄道博物館が開館しているそうだが、そちらはいった事がない。

俳句フォトエッセイ

歩み行く 大山街道 秋高し

川崎に長年住んでいるのに「大山街道」について、何一つ知らなかった。知ったのはNHKの「ブラタモリ」、三軒茶屋編を見たからである。大山街道は東京・赤坂から神奈川県伊勢原市の大山を結ぶ。全長は約70キロ。大山は標高1252メートル。雨降山ともいわれ、大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)のある信仰の山だ。江戸時代の中期には「大山詣(まい)り」が大流行し、二子や溝口の宿場は大いに栄えたらしい。江戸時代の旅行はなかなか許可が下りなかった。しかし、神社仏閣への参詣は大目に見られたようだ。「お伊勢参りまではできないが、大山ぐらいまでなら」といったところだろう。

俳句フォトエッセイ

懐かしき声懐かしき人秋うらら

「いろんなところに出かけてますね」と言われる。自分ではそんな気はないが、言われてみると「確かに」と思う。役所に勤めていた時は、ほとんど江東区内だったが、フリーになってからは幅が広くなった。授業や研修会で都内のあちこちに出向くし、それがない日は、俳句フォトの取材に出かけたりする。一日中家にいるのは月に数えるほどだ。この日は西大島。砂町小学校の校内研修会だ。その前に、ある人と会って食事をした。菅原朋之さんだ。菅原さんは江戸川区松江の40年の歴史を持つ学習塾の先生であり、経営者だ。知り合ったのは20年前。ぼくが八名川小学校に赴任した年だ。

俳句フォトエッセイ

ブレーメンフライマルクト秋高し

東急線元住吉の駅前である。西口のこの通りをブレーメン通りと言う。ぼくが子供の頃は元住吉西口商店街と言っていた。いつの間にかこの通りが「ブレーメン通り」となり、駅前にはブレーメンの音楽隊の像が建てられてた。名前が変わったのは1980年代の後半らしい。丁度バブルの全盛期である。全国各地でスーパーマーケットが力を増し、駅前の個店は窮地に立たされてつつあった。この危機を救おうと市と協力してモール化する構想が生まれた。商店街の道を石畳にし、街灯などもヨーロッパ調に統一。名前も色々探し「ブレーメン商店街」に決めたらしい。この通りに今はバスは通っていない。12時を過ぎると車も進入禁止だ。

俳句フォトエッセイ

秋の色ここは亀戸猿田彦

猿田彦と言うのは、コーヒーチェーンの名前だ。スターバックスとか、タリーズとか、ドトールコーヒーとかと同じである。しかし、名前がいいではないか。猿田彦は、日本神話に出てくる神様で天狗の原型と言われている。ぼくはこのコーヒー屋を武蔵小杉で知った。小さな店で店内はお洒落。混んでいて中々入れなかった。亀戸の猿田彦珈琲は広く、明るく開放感がある。天狗は出そうにもないが、珈琲は美味かった。この日は江東区の第二亀戸小学校の俳句の授業だった。この学校は俳句の盛んな学校で、昨年はきごさい俳句大会の学校賞を獲得。今年も俳人協会のジュニア俳句コンクールの学校賞を獲得している。学校の形が面白い。

俳句フォトエッセイ

秋うらら認知症カフェてふ居場所

先日、認知症の人と家族の会の会合に参加したという話を書いた。実は、妻が発症した当時、今から10年以上前のことだが、ぼくは必死になって「家族の会」を探した。だが、どうしたわけか見つからなかった。そうした会合を探して、三鷹まで行ったこともある。ボランティアの会の方が我が家まで来てくれたこともある。包括支援センターと繋がったので安心して、その後探すのを中断した。センター長が熱心な方で、我が家感泣亭で「オレンジカフェ(認知症カフェ)」を行うという話がまとまった。細々ながら2年ほど続いた後、突然センター側から「中止」の話が出た。センター長が替わり方針が変更になったのだろう。