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俳句フォトエッセイ

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タワマンの聳ゆる街に流れ星

写真は武蔵小杉の高層マンション群である。ぼくが子どもの頃、武蔵小杉は何もないところだった。東横線改札の東側は工場で立ち入ることすらできなかった。NECや富士通の工場や研究所、社宅などが立ち並んでいた。明治製菓の工場もあったような気がする。流れが変わったのは1990年代の後半だ。工場が次々と移転し始めた。バブル崩壊とも関係があるのだろう。最初のタワマンが建ったのは2008年のパークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーである。53階、高さは203メートルにもなる。現在は15棟ほどの高層マンションが林立する街になった。グランツリーなど大型の商業施設も充実している。

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秋気満ち疾駆疾走南武線

東京都立立川国際高校付属小学校に向かっている。今日は一年生の授業だ。朝は爽やかで気持ちがいい。いよいよ秋だ。「秋気」という季語がある。秋の気配のことで、秋らしい清々しさを言う。ご存知のように南武線は川崎市を縦断している唯一の鉄道路線である。子供の頃は、この南武線に乗ることはほとんどなかった。生活圏は東横線沿線で「川崎」には縁もゆかりもなかったからだ。南武線によく乗るようになったのは「小山正見のかわさき俳句フォト」の連載を始めてからである。昔の南武線は使い古しの車両が走っていたが、今は新型が投入されているようだ。それに朝、夕は通勤客で超満員になる。間違いなく黒字路線だ。

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秋うららレジェンドに会ふ写真展

向かって右側はぼくだが、左は髙野榮一先生である。髙野先生とは、港区の笄小学校で一年間だけお世話になった。決断力があり、方針がぶれない。当時からすごい先生だなぁと尊敬していた。先生の退職後も飲み会などに声がかかった。多くは当時の校長先生方の会だった。声が掛かると答えは三つしかない。「わかりました」「喜んで」「もちろんです」可愛がられたと言って良いのかもしれない。「先生、お幾つになられましたか」と聞いたら「89」だと言う。お元気この上ない。退職されてからカメラを始められた。退職校長会の写真展が武蔵小杉であった。先生の出品されている鴨川シーワールドの写真。波飛沫の捉え方が絶妙である。

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誘惑に心の揺らぐ九月かな

九月は、毎年新型のiPhoneが発売される月だ。ぼくがiPhoneに最初に出会ったのは、2010年の3月20日である。その年ぼくは38年間の教師生活にピリウドを打つ。卒業式が5日後に迫っていた。にも関わらず卒業式の式辞をほっぽり出して、iPhoneにうつつを抜かしていた。「こんなものでなにができるか」と半信半疑だったが、「フォト一句」というアプリを見つけて「コレは楽しめそうだ」と思った。それでも最初のうちは、電話とメールにおまけのオモチャが付いている感じだったが、どんどん高性能になっていった。今では、銀行のお金の出し入れも、Suicaの機能もiPhoneに頼っている。

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秋時雨ベイコーターといふところ

久しぶりに横浜に出た。高校時代からの親友のSが倒れたと息子さんから連絡があり、見舞いに行く途中だ。転倒し大腿骨を骨折し、脳内出血もある。寝たきりの状況だという。それに認知症の症状もあるというのだ。ショックだ。彼は、長年コンピュータソフトの会社に勤めていた。現役時代には彼の会社のソフトにお世話になった。個人的にもホームページを作成してもらったりした。本当に気のおけないいい男だ。雨がさーと降っては止む。こういう雨の振り方を「時雨」というのだろう。本来は冬の季語だ。ベイコーター!コーターとは4分の1のことだから、変なネーミングだと思っていたら「エリア」という意味もあるらしい。

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この本を読書の秋に先駆けて

この本とは、『もう一度聞きたいGS・フォーク・ニューミュージック読む昭和の曲63』である。著者は放送作家で脚本家の松井信幸さんである。何を隠そう。松井さんは、ぼくの主宰する俳句フォトの会の有力メンバーである。ページをめくって、驚いた。まるでぼくの青春が詰まっているようなのだ。表紙に60★70★80年代とある。勿論これは1960年代〜の事だが、一瞬60代70代80代の人にピッタリだと書いているように見えてしまった。(笑)懐かしい曲ばかりである。各編の最初のページに歌詞のワンフレーズが大きなポイントで載っている。「ああ!この歌」というのもあるし、「こんな詞だったのか」と、意外に感じるものもある。

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ようやっと風に揺らめく萩の花

天気予報通り、急に涼しくなった。蒸し暑さは残っているし、エアコンが全く要らないと言うほどではないが、「いよいよ秋」という実感がある。我が家の萩の花もようやっとほころび始めた。この萩はおそらく宮城野萩という品種だろう。萩にも種類が色々ある。山萩が一番多いらしい。宮城野萩にも色のバリエーションがある。ぼくが萩で美しいと思ったのは、墨田区にある向島百花園の萩のトンネルと鎌倉宝戒寺である。百花園の方は宮城野萩が中心だが、宝戒寺は白萩だ。俳句結社の鎌倉吟行で連れて行っていただいた。見事な萩に圧倒されて碌な句ができなかった(笑)。講談社学術文庫に『雨のことば辞典』と言う本がある。

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我が街に降臨したり大西日

元住吉の駅を降りたら、写真のような光景だった。街が夕方の光にすっぽりと包まれている。すごい衝撃だった。慌てて、スマートフォンをお尻のポケットから出して、シャッターを切った。こんな景色はすぐに消えてなくなってしまうからだ。俳句フォトについて、よく質問を受ける。「写真と俳句では、どちらが先ですか?」というものだ。新聞小説には、必ず挿絵があるし、芭蕉の句に絵が付けられた「俳画」というものもある。この考え方だと、俳句や文章が先にあり、絵や写真は後からつけることになる。ぼくもたまには、そういう作り方をすることもある。

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スイーツや(屋)残る暑さを食ひに行く

初案は「秋来たりスイーツの店誕生す」だったが、今日はあまりに暑いので、句を変更した。ブレーメン通りに新たにスイーツ屋が開店した。この店があった前は、酸素で体をなんとかというショップだった。その前はタピオカの店だった。さらに遡るとソフトバンクのショップがあった。くるくると変わって一昨日からスイーツ屋だ。ぼくにとってのスイーツのルーツは70年前に遡る。「グラニュー糖」だ。ぼくの祖父は医者だった。グラニュー糖はその薬局にあった。お手伝いをすると、グラニュー糖を薬包に包んでご褒美としてくれた。人差し指につけて舐めた。年に数回ケーキが出た。当時のケーキはバタークリームが主で好きではなかった。

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風に揺れ風を揺らせてねこじゃらし

都政新報で俳句フォトの新連載が始まりました。毎週火曜日にアップ予定です。第一回は以下です。写真に俳句を添えて表現する「俳句フォト」に取組んでいる。現代は一億総スマートフォン時代、つまりみんながカメラを持ち歩いて生活している。これを活用しない手はない。気になったことを写真に撮り、それに五七五を加えるだけで作品が生まれる。旅の記録にも街の記録にも人生の記録にもなる。この度都政新報の紙上で作品掲載の機会をいただけることになった。皆様もご一緒に楽しんでいただけると嬉しい。ご存知!ねこじゃらしである。誰でも子供の時に遊んだ記憶があるだろう。街の中にもコンクリートの隙間にも生えている。すごい生命力だ。