【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

元住吉

俳句フォトエッセイ

手を握り祭の夜を彷徨す

句集『大花野』に収録したこの句を詠んだのは、今から7年前のことだ。色々な気持ちが交錯していた。お祭りに出かけたら楽しいだろうな。妻も喜ぶだろう。しかし大丈夫かな。元住吉の駅前にある住吉神社に出かけた。あたりは屋台が店を出し、人で溢れていた。昔ながらの焼きそばや射的もあった。しかし、予想したよりずっと人が多い。妻を迷子にしたら大変だ。思わず妻の手を握り人混みの中を歩いた。妻も不安だったのだろう。しっかりぼくに寄り添っている。特に何か目的があったわけではない。境内をただ歩き、屋台をのぞいた。人混みから抜けた時はほっとした。その祭の夜を詠んだのが冒頭の句である。

俳句フォトエッセイ

秋の雨炭酸泉の湯の加減

【銭湯紀行】20元住吉今井湯今井湯は我が家から一番近い銭湯である。取り上げるのは2回目である。歩いて15分だ。しかし、なかなか家から出かける気にならない。この日は、武蔵小杉で行われている椿句会の帰りに寄った。椿句会は、今回で648回目。月に一回として、54年の歴史を持つ。数年前Nさんに頼まれ、指導を引き受けることになった。会の伝統で6句出し、8句選が続いている。ぼくが始めたのは、毎回の句会報を書くことぐらいだ。久しぶりの今井湯に入って驚いたのは、券売機が新たに設置されていたことである。今はこの方式が銭湯の主流になっている。番台で金銭を取り扱わない方が安全で、管理も楽だからだろう。

俳句フォトエッセイ

閉店まで粘る輩や秋灯し

この日もカフェの閉店まで粘った。4時間は居ただろうか。図書館でものを書いたり、本を読んだりすればいいのに、どうもあの堅苦しい静寂が苦手だ。感泣亭には、父の残した立派な書斎があるし、スペースもある。冷暖房は自分の具合にあわせられるし、好きな音楽を聴ける。よほど便利だとは思うのだが、何だか落ち着かない。思い出してみると、ぼくの「書斎」の半分は喫茶店だった。最初は、浅草のフラミンゴだ。この店は国際通りにあり、今でも2階のバーは残っているはずだ。お神輿で有名な宮本卯之助商店の一つおいた隣にあった。鮮やかな緑色の壁に大きな絵がかかっていた。前金制で濃いフランス風のコーヒーが出てきた。

お知らせ

イベント開催報告:俳句フォトの会5月例会「新緑を詠もう 綱島公園吟行」(5月17日)

による句評と、参加者自身による句の解説や他の方の作品への感想など、穏やかで心豊かな時間を皆で共有しました。句会の中で小山正見が語った言葉が印象的でした。「俳句は言葉の垢落とし」——余分な言葉をそぎ落とすことで、かえって伝わるものが増える。その言葉は参加者それぞれの胸にしみわたったようで、合評の場にはいつになく静かな深みのある空気が漂っていました。初心者の方からご経験者まで、それぞれの感性が光る素敵な例会となりました。初夏の公園で生まれた作品の数々は、参加者それぞれの眼と心が結晶したかけがえのないものでした。ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

お知らせ

イベント開催報告:俳句フォトの会3月例会(3月29日)

、スタッフを含め12名で感泣亭のある元住吉付近の渋川河川沿いの桜を鑑賞しながら吟行を楽しみました。昨年は桜の時期を逃し残念な景色でしたが、今年は最高のタイミングで例会を行うことができました。当日は感泣亭に集合ののち吟行に出かけ、さくらを満喫しながら写真撮影、それぞれがそれぞれの桜を愛でながらの時と撮影を楽しみました。参加者同士の会話も弾んでいました。その後感泣亭に戻り、ここからは俳句フォトの作成に入ります。会話はないものの俳句に向き合う真剣なまなざしに、一同一体感を感じながら心地よい空気が流れていました。

俳句フォトエッセイ

少しづつかはりゆく街日脚伸ぶ

新しいマンションができる。空き地になったかと思ったらいつの間にか、完成間近だ。この場所には、かつて質屋があった。そういう時代だってのだ。質屋も質屋の蔵もいつの間にかなくなった。このマンションの前の通りでぼくは小学校5年生の時に5トン積みのトラックに轢かれかけた。自転車はぐちゃぐちゃになり、ぼくは九死に一生を得た。いつの間にか、街は変わる。新しい店ができた。「定食屋」と書いた行燈が遠くからでも見える。店の名前は「文鎮」とある。生活に当たり前に存在できる飲食店を目指すらしい。なかなかおしゃれな店だ。友人と入ってみた。おばんざいが主流の店だった。

俳句フォトエッセイ

冬うららかつてありける貸本屋

元住吉の裏通り。この場所に貸本屋があった。いつなくなったかは記憶にない。小学生から高校生にかけて、ぼくはここの古本屋に通い続けた。1日10円、延長料金は1日5円だった。印象に残っているのは、まず白土三平だ。それがカムイ伝だったかどうかは定かではないが、白土三平だったことは確かだ。次はさいとうたかおである。これもゴルゴ13だったかどうか。人間の記憶というものは、相当に不確かである。ハードボイルドの劇画は刺激的だった、ぼくはこれらの本を学校に持って行ったらしい。母は担任の先生に呼び出され、「小山君が変な本を学校に持ってきて困る」と言われたようだ。その辺りの記憶はぼくにはない。

俳句フォトエッセイ

駅前の音楽隊もクリスマス

俳句では「も」という助詞は嫌われる。「も」というのは書かれていない別のものもあるということだから、曖昧になったり、もしくは主役を奪われることもあるからだ。それは兎も角、この写真は東急線元住吉駅前にあるブレーメンの音楽隊の像である。西口のブレーメン商店街を象徴している。商店街のイルミネーションも輝き、街は既にクリスマスムードだ。クリスマスは、元々キリスト教の行事だけど、一部の信者さん以外、それを意識している人はほとんどいないだろう。日本の商売人は仕掛けがうまい。平賀源内の昔からそれは始まっている。ご存知「土用の鰻」。本当は鰻は冬場が食べどきだそうだ。従って、夏場は売れない。

俳句フォトエッセイ

神の留守此処で会つたが百年目

「似てるなぁ」間違いない!声を掛けるとやっぱり彼だ。臨海線の大井町のホーム。地下へ地下へとエスカレーターを乗り継いでいく、あのホームだ。しかも端っこ。ぼくは、東京ビッグサイトで行われている「文学フリマ」に行く途中だ。彼は幕張で行われているゲームマーケット2025に向かう途中だと言う。「昨日は出店したが、今日は遊びだ」と笑う。彼の名前は大山功一。ポケモンカードゲームの創作に関わり、業界では知る人ぞ知るレジェンドである。最近は自作のカードゲームの創作を中心に活動している。ぼくは彼の「タルカ」という単純だが、逆転の発想のゲームに驚かされた。

俳句フォトエッセイ

秋の薔薇古き駅舎の供のごと

東急線田園調布の駅舎である。「駅舎だった」という方が正確だろう。東急線は今は地下ホームになっており、古いこの駅舎は今はモニュメントである。大豪邸が立ち並ぶ田園調布をぼくは好きだ。駅前の窓の大きなカフェで数時間を過ごし、田園調布の町を散策する。それは、時にはぼくの日課のようにさえなっている。。特に夕暮れ時の田園調布の町は美しい。広い庭の奥の洒落た家屋の窓に灯が灯る。。絵本の中にいるような錯覚に陥る。時には、住宅街の中にある画廊でひとときを過ごす。多摩川台公園まで足を伸ばし、台地から多摩川の流れを見下ろすこともある。しかし、負け惜しみではないが、ここに住むのは大変だろうなとも思う。