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田園調布

俳句フォトエッセイ

秋の暮田園調布の散歩道

ぼくは、田園調布という街を歩くのが好きだ。田園調布といえば、東京でも屈指の高級住宅街である。もちろんここに住むことはどんなに逆立ちしても無理だが、歩くだけならタダである。ぼくは田園調布に強烈な劣等感を持っていた。理由がある。それは、ぼくが義務教育の9年間、いや高校も含めれば12年間田園調布に通い続けていたからである。田園調布小学校、田園調布中学校、田園調布高校というのが、ぼくの学歴だ。親は学芸大学附属小学校に入学させたがったようだが、入れなかったので、田園調布小学校を選んだのだろう。クラスには、頭が抜群に良かった子も多かったし、金持ちも沢山いた。

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爽やかや佐伯誠の手紙展

台風の雨が激しい。会場は、田園調布と自由が丘の間にある「スペースengawa in」である。ここは、ぼくにも懐かしい場所だ。妻と一緒の散歩でよく立ち寄った。緑に囲まれた庭をもつ民家、素敵な空間だ。佐伯誠さんがこの場所をこよなく愛していたことを初めて知った。荒天にも関わらず、会場には30人を超す人々が集まっていた。壁には、佐伯さんが生前に送った手紙や葉書、ファックスの類がこれでもかとばかり展示されていた。単なる手紙なのに、そのどれもが美しい。字に味があり、それにちょっとしたイラストが添えられている。佐伯さんは、ポップな才人なのだ。

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秋の声聞きつつ感泣亭句会

16日(水)は、久しぶりの感泣亭句会である。今年になって初めてだ。春夏秋冬、3ヶ月に一回ずつ行ってきたのだが、どういうわけか今年は予定が重なってしまったのだ。会場は、写真のスペース感泣亭であるが、このスペースができる前から感泣亭句会は出発している。父の書斎を会場にしたときもあるし、田園調布の喫茶店で行ったこともある。始まりは、恐らく2010年だった。ぼくが学校を退職した年だ。勤務が週4回になり、水曜日が休日になったことから会を第3水曜日に設定したのだ。当時、俳誌「梓」の編集長だった俳人の高橋博夫さんに毎回参加していただき、ご指導いただいた。

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それなりに田園調布の祭かな

「やるじゃん」拍子木の音が聞こえ、神輿が賑やかに駅前に入ってきた。下町の祭には遠く及ばないにしても、この神輿、なかなか勇壮である。どうやら多摩川浅間神社の祭らしい。ここは田園調布の西口だが、東口では、お祭りに合わせたフェスティバルが開催されていた。子供たちや親子連れが店の間を回っている。もちろん、定番の焼きそばにビールもあれば、金魚すくいもある。中には、うちわに好きな絵を描くブースもあった。イタリアンの店のピザが山盛りになって並べられているのが田園調布らしい。ぼくは、子供の頃9年間田園調布に通った。ぼんやりした子供だったので、鮮明な思い出が数多くあるわけではない。

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まだまだと田園調布の桜かな

今日は一転して雨模様だが、昨日は雲一つない青空に桜が映えていた。花冷えのおかげで、桜の花の命はわずかに延びているようだ。それにしても、田園調布駅前の桜は勢いが良い。すでに枝の最上部まで花開いている。上野公園の桜では、そのボリュームが20年前と比べると30パーセントから40パーセントも減っているというが、確かに昔の桜はどこでも視界を埋め尽くすほどの花に満ちていた気がする。ご存知のように、ソメイヨシノはクローンである。自然の山桜よりずっと短命だ。弘前城の桜はりんご栽培の技術を使い、剪定を適切にすることで、桜の寿命を延ばしている。しかし、それも時間の問題だろう。

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プレゼントするなら絵本クリスマス

元住吉に本屋がなくなって久しい。本屋に足を運ぶ機会が随分と減ってしまった。こちらは、田園調布の駅前、いや駅上にあるくまざわ書店である。目立つところはまず絵本。大人向けの本や文庫は一番奥だ。「本は売れなくなった」と言うが、その中でも子ども向きの絵本だけはそこそこ売れているらしい。今年の本の売行きランキングの第一位は鈴木のりたけの『大ピンチ図鑑3』だと言う。ぼくも子どもの頃は随分と絵本を読んだ。『チビクロサンボ』『小さなおうち』地球の歴史の絵本も何度読んだかしれない。大人になってからハマったのは佐野洋子だ。『百万回生きたねこ』に涙を流した人も多いだろう。

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秋の薔薇古き駅舎の供のごと

東急線田園調布の駅舎である。「駅舎だった」という方が正確だろう。東急線は今は地下ホームになっており、古いこの駅舎は今はモニュメントである。大豪邸が立ち並ぶ田園調布をぼくは好きだ。駅前の窓の大きなカフェで数時間を過ごし、田園調布の町を散策する。それは、時にはぼくの日課のようにさえなっている。。特に夕暮れ時の田園調布の町は美しい。広い庭の奥の洒落た家屋の窓に灯が灯る。。絵本の中にいるような錯覚に陥る。時には、住宅街の中にある画廊でひとときを過ごす。多摩川台公園まで足を伸ばし、台地から多摩川の流れを見下ろすこともある。しかし、負け惜しみではないが、ここに住むのは大変だろうなとも思う。

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警官の顔に吹き出す玉の汗

公園の柵に腰掛け、昼食を取っていた。あまり食欲はない。研修会の開始時刻が迫っていたので千代田寿司で干瓢巻きを買ったのだ。そこに警察の車両が止まり、警官が二人降りてきて、何やら調べている。どうやら事故があったらしい。ぼくにも「何か見ませんでしたか」と聞いてきた。この暑さで、警官の顔には既に玉の汗だ。「大変だなぁ」素直な感想だ。思わず「ご苦労様」と声をかけた。学生時代を思い出した。大学紛争の最中で、ぼく自身も若くて生意気だった。大学キャンパスから当時住んでいた学生寮に変える途中だ。時刻は午前2時頃である。警官に呼び止められた。「どこに行くんだ?」「そっちに行くんだ」「どこからきたんだ?」

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新緑の田園調布の並木道

久しぶりの田園調布だ。西口の銀杏並木の新緑が眩しい。ぼくは田園調布を歩くのが好きだ。緑に囲まれた閑静な住宅街を散歩すると心が落ち着く。その理由の一つは、ぼくが田園調布小学校の卒業生だからだろう。母親は今から考えるとかなりの教育ママだった。本当は学芸大学の附属小学校に入れたかったが試験で落ちた。抽選とぼくは聞いていたが、眉唾だ。父親が青山師範の附属を出ているので、それに倣いたかったのだろう。「寄留」と言っていたが、田園調布に住んでいた父親の親友Mの家に住んでいることにして、ぼくは毎日東横線に乗って田園調布小学校に通った。クラスメイトの家の庭はゴムボールでの野球ができるほど広かった。

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掛軸は平八郎や春火鉢

一仕事終えたので、散歩に出かけた。寒いが日の光は春だ。田園調布から自由が丘まで歩くことにした。この道は妻と連れ立ってよく歩いた。田園調布の駅から環八に差し掛かったところに、FIATの販売店があり可愛くて格好いい車が並んでいる。そこを過ぎると住宅街の真ん中にお洒落なカフェがある。今日は何かお茶会をしているようだった。八幡小学校を過ぎたところに世田谷区の木に指定されている大きな桜の木がある。住宅街の散歩もいいものだ。庭一面が花壇になっている古い家がある。見るとその塀に「古民家カフェすみれ草」のプレートがあった。「へぇ、この家が!」以前にはなかった。玄関に回ると「open」とあった。