俳句フォトエッセイ2026.09.05蝉時雨緑の中の九品仏小山正見午前中は俳句の会だったが、午後は空いた。すると、家の中に留まっている気にならない。いつもなら、お気に入りのカフェに出かけるのだが、夏休みらしく閉店している。あてもなく自由が丘で降りた。駅前に建築中のビルは開店までまだ2、3か月かかりそうだ。九品仏に行こうと思ったのは、歩き始めてからだ。父の散歩もきっとこんな感じだったのだろうと思った。母親に「どこにいくの?」と聞かれ、「自分にだってわかんないんだ」と答えたという。道道には、瀟洒な住宅が並ぶ。アウディやクーパーミニなどの車が停めてある。所々に、これまた洒落た店もある。美容室だったり、ブティックだったりする。久しぶりの九品仏浄信寺である。「こんなにおおきな寺だったのか」境内の緑は楓が多い。紅葉の時期の鮮やかさが目に浮かぶ。本堂からは読経と木魚の音が聞こえてくる。あたりは、蝉時雨だ。お神籤を引いてみた。桜花盛りはすぎてふりそそぐ 雨にちりゆく夕暮の庭思わず苦笑する。正に人生における今のぼくの状況を冷酷に表している。そう言えば、父・正孝に九品仏を詠んだ詩があることを思い出した。読み返してみて唖然とした。夕方の九品仏 小山正孝五月雨の降りしきる中そびえ立つ九品仏浄真寺の大木来てみると根方に二本の傘が幹の両側から見えた斜めにつきささつてゐるかのやうだ右側は男ものの大きいかうもり左側からは色ものの小ぶりの傘がゆれてゐたやがて若い男と女が現れてこちらの方に歩いてきた僕は男の顔を僕の顔に変へ女の顔を何十年か前の女の顔に変へ着せかへ人形のやうにして男の洋服を僕の洋服に女の洋服をあの時の女の洋服に変へ二人を大木の方へ押しもどした大木の影に入つた僕は女を抱いてくちづけしたやはらかい五月雨のやうにねばつく離れた所から十人目の観察者の僕の声がよびかけた「もう少し傘を立てるやうにしてごらんなさい」僕が傘を立てるやうにしてみせた「それでやつと前と同じになつた」僕は前といふのは何時の事かなと思つたあの茅ぶきの屋根の頃のことだらうかそれとも着せかへる前のあの男女の時のことだらうか境内の方々にひろい水たまりが出来てゐた雨足は白くいよいよはげしくなつたあの男と女はいまどこを歩いてゐることであらう僕はひそかに考へた今のぼくと同じ年頃の父の中にこんな若さとエロスが残っていたとは!境内は相変わらず激しい蝉時雨の中にあった。
午前中は俳句の会だったが、午後は空いた。すると、家の中に留まっている気にならない。いつもなら、お気に入りのカフェに出かけるのだが、夏休みらしく閉店している。
あてもなく自由が丘で降りた。駅前に建築中のビルは開店までまだ2、3か月かかりそうだ。
九品仏に行こうと思ったのは、歩き始めてからだ。
父の散歩もきっとこんな感じだったのだろうと思った。母親に「どこにいくの?」と聞かれ、「自分にだってわかんないんだ」と答えたという。
道道には、瀟洒な住宅が並ぶ。アウディやクーパーミニなどの車が停めてある。
所々に、これまた洒落た店もある。美容室だったり、ブティックだったりする。
久しぶりの九品仏浄信寺である。
「こんなにおおきな寺だったのか」
境内の緑は楓が多い。紅葉の時期の鮮やかさが目に浮かぶ。
本堂からは読経と木魚の音が聞こえてくる。あたりは、蝉時雨だ。
お神籤を引いてみた。
桜花盛りはすぎてふりそそぐ
雨にちりゆく夕暮の庭
思わず苦笑する。正に人生における今のぼくの状況を冷酷に表している。
そう言えば、父・正孝に九品仏を詠んだ詩があることを思い出した。
読み返してみて唖然とした。
夕方の九品仏 小山正孝
五月雨の降りしきる中
そびえ立つ九品仏浄真寺の大木
来てみると根方に二本の傘が幹の両側から見えた
斜めにつきささつてゐるかのやうだ
右側は男ものの大きいかうもり
左側からは色ものの小ぶりの傘がゆれてゐた
やがて若い男と女が現れてこちらの方に歩いてきた
僕は男の顔を僕の顔に変へ
女の顔を何十年か前の女の顔に変へ
着せかへ人形のやうにして
男の洋服を僕の洋服に
女の洋服をあの時の女の洋服に変へ
二人を大木の方へ押しもどした
大木の影に入つた僕は女を抱いてくちづけした
やはらかい五月雨のやうにねばつく
離れた所から十人目の観察者の僕の声がよびかけた
「もう少し傘を立てるやうにしてごらんなさい」
僕が傘を立てるやうにしてみせた
「それでやつと前と同じになつた」
僕は前といふのは何時の事かなと思つた
あの茅ぶきの屋根の頃のことだらうか
それとも着せかへる前のあの男女の時のことだらうか
境内の方々にひろい水たまりが出来てゐた
雨足は白くいよいよはげしくなつた
あの男と女はいまどこを歩いてゐることであらう
僕はひそかに考へた
今のぼくと同じ年頃の父の中にこんな若さとエロスが残っていたとは!
境内は相変わらず激しい蝉時雨の中にあった。