俳句フォトエッセイ2026.10.08二階より街を見下ろす秋の午後小山正見父・小山正孝の絶筆は「つばめ横丁雑記抄」という詩である。その詩の舞台は、自由が丘にある喫茶店カフェ・ラ・ミラに違いない。写真のこの通り、右手二階のガラス窓がそれだ。前にも紹介したが、その詩を再掲する。つばめ横丁雑記抄 小山正孝(一)この頃 低く飛ぶ つばめの背中に 気がつくつまり 喫茶店の 二階の窓からの眺めである(ニ)今は九月 彼等はそろそろ帰つてしまふイソツプ物語の つばめの話を思ひ出す(三)迷ひこんだ つばめを みて外套を 質に入れこごえ死んだ 馬鹿男(四)ガラス窓の外を つばめが路上に向かって 斜めに 飛んだうしろから 雀が 同じ早さで 飛んだもう 秋だ(五)つばめは 去り雀は 残るガラス窓から 雀だけを見ることになるのかな(六)木枯らしが 吹き木の葉たちが 雀のやうに舞ひおりることになる(七)枯葉が 路上に貼りつくそれを 上から 眺めて ゐる(八)狭ひ煉瓦路を迷つて 飛んでゐるのは僕の魂かこの喫茶店、今はカフェ・モーツァルトという名前の別の喫茶店に変わり、若い女性客で溢れている。そう言えば、自由が丘が変わる。再開発の工事中だったJIYUGAOKA MUSE SQUAREがそろそろ開店するのだ。正面にメガネの一誠堂がどんと構え、ケーキのモンブランは裏側に大きな場所を占めているようだ。あと、どんな店が入るのだろう。少し楽しみではあるが、その分、ぼくが知っている古い自由が丘が消えることになる。ぼくが自由が丘と出会ったのは、まだ小学生になる前だ。駅前の街頭テレビで父に肩車されながら大相撲の分解写真を見た。東郷青児の壁一面の大きな絵があった昔のモンブランで食べたケーキの中に木屑が入っていた。代わりにもう一つ出してくれたケーキの中にも入っていて、びっくりした思い出もある。確か高校生の頃だ。父は、自由が丘のベニスと言われたラ・ヴィータが好きで、ぼくも何回か連れて行かれた。このラ・ヴィータといい、写真の喫茶店といい、自由が丘の街は父の思い出と切り離せない場所だ。通りを歩きながら、ぼくはとても父が好きだったことに思い当たった。この句の季語秋秋あき立秋から立冬の前日まで。空が高く澄み、実りと紅葉の季節。「秋」の俳句フォトをもっと見る(5句)俳句フォト歳時記
父・小山正孝の絶筆は「つばめ横丁雑記抄」という詩である。
その詩の舞台は、自由が丘にある喫茶店カフェ・ラ・ミラに違いない。
写真のこの通り、右手二階のガラス窓がそれだ。
前にも紹介したが、その詩を再掲する。
つばめ横丁雑記抄 小山正孝
(一)
この頃 低く飛ぶ つばめの
背中に 気がつく
つまり 喫茶店の 二階の窓からの
眺めである
(ニ)
今は九月 彼等は
そろそろ帰つてしまふ
イソツプ物語の つばめの話を
思ひ出す
(三)
迷ひこんだ つばめを みて
外套を 質に入れ
こごえ死んだ 馬鹿男
(四)
ガラス窓の外を つばめが
路上に向かって 斜めに 飛んだ
うしろから 雀が 同じ
早さで 飛んだ
もう 秋だ
(五)
つばめは 去り
雀は 残る
ガラス窓から 雀だけ
を見ることに
なるのかな
(六)
木枯らしが 吹き
木の葉たちが 雀の
やうに舞ひおりる
ことになる
(七)
枯葉が 路上に
貼りつく
それを 上から 眺めて ゐる
(八)
狭ひ煉瓦路を
迷つて 飛んでゐるのは
僕の魂か
この喫茶店、今はカフェ・モーツァルトという名前の別の喫茶店に変わり、若い女性客で溢れている。
そう言えば、自由が丘が変わる。再開発の工事中だったJIYUGAOKA MUSE SQUAREがそろそろ開店するのだ。正面にメガネの一誠堂がどんと構え、ケーキのモンブランは裏側に大きな場所を占めているようだ。あと、どんな店が入るのだろう。少し楽しみではあるが、その分、ぼくが知っている古い自由が丘が消えることになる。
ぼくが自由が丘と出会ったのは、まだ小学生になる前だ。
駅前の街頭テレビで父に肩車されながら大相撲の分解写真を見た。
東郷青児の壁一面の大きな絵があった昔のモンブランで食べたケーキの中に木屑が入っていた。代わりにもう一つ出してくれたケーキの中にも入っていて、びっくりした思い出もある。確か高校生の頃だ。
父は、自由が丘のベニスと言われたラ・ヴィータが好きで、ぼくも何回か連れて行かれた。このラ・ヴィータといい、写真の喫茶店といい、自由が丘の街は父の思い出と切り離せない場所だ。
通りを歩きながら、ぼくはとても父が好きだったことに思い当たった。