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春の虹俳句授業のアレやコレ

小山正見

年度末が近い。今年の俳句授業も終盤にかかっている。
今日は千代田区のK小学校、先日は国分寺市のR小学校に赴いた。
(写真は本文と関係ありません)
俳句教育推進員として勤務し始めた時からもう16年だ。一番多い時には、年間に500時間以上授業したこともある。
そのほとんどの授業で子供たちは楽しんでくれた。
途中経過が上手くいかなくても、最後の句会が子供たちに緊張感と楽しみを与えた。
俳句の短さと句会の楽しさが子供たちを惹きつける大きな要因だったと思う。
話をある程度聞いてくれる学級なら俳句の授業は例外なく成功する。
しかし、上手くいった授業は忘れてしまう。記憶に残るのは、苦しかった授業での悪戦苦闘である。
もう10年近く前の6年生の授業だった。
チャイムが鳴っても、男の子が数人床に座ってトランプに興じ、やめようとしない。学級中がざわついて、話などまるで聞こうとしない。担任の言うことも無視だ。
「俳句どころではない!」
正直、逃げ出したいと思った。
しかし、放り出して帰るわけにいかない。焦りで冷や汗さえ出てきた。
「校庭に行くぞ!ついてこい。」
と叫んだ。
ついて来る子だけで授業しようと腹を決めた。
担任の先生に
「残った子がいたらお願いします」
と声を掛けて、校庭の一番端まで子供たちを連れて行った。幸い全員がついて来た。こんな荒れた学級でも真面目な子供たちがまだ多数派だという証拠だ。
授業は子供たちとの格闘である。とりあえず、最初の関門は超えた。
「桜が咲いているね。この桜の俳句を作って、先生に持って来なさい」
「できたら、鉄棒のところで遊んでいていいよ」
「わからなかったら教えてあげるから」
真面目な子が作り始める。人数が少しずつ減ってくる。俳句の質は全く気にしない。俳句っぽくあればみんな二重丸だ。
その様子を見て、反抗していたグループの中から、ぼくのところに聞きに来る子が現れ始める。楽しそうなふりをして丁寧に教えてやる。さっきの勢いはどこへやら。一人になると可愛いものだ。
こうなると親分格の子が子分を置き去りに、ぼくに助けを求めに来る。状況を見るのに聡いのだ。
また別の場所に連れて行き、2回戦をやった。今度はもう少しスムーズだった。2時間の授業が終わった。
体から力が抜けた。ふと、春の空気の暖かさに気づいた。